バレンタインデーのお呪い
「自分の血と髪の毛を入れたチョコを食べた人とは、両想いになれるんだって」
親友のK子ちゃんから教えてもらったお呪い。
もう少しでバレンタインデーだから、試してみようと勧められた。
渋る私にK子ちゃんは今年が最後のチャンスだよと言ってくる。
中学最後のバレンタインデー。
3年間ずっと好きだったO君とは高校に行けば別々になってしまう。
だから、チョコレートを渡せるのは今年が最後になってしまうというわけだ。
しかも、もしダメだったとしても、気まずいのは2ヶ月くらいなんだから、やるだけやろうとグイグイと押してくる。
完全に楽しんでいるような感じだ。
K子ちゃんからは、好きな男子の話は聞かない。
おそらく、好きな男の子はいないのだろう。
でも、年頃の女の子だから恋愛には興味があるみたいで、それを、私を使って楽しんでるというわけだ。
K子ちゃんとは幼稚園からの付き合い。
いつも私の味方をしてくれるK子ちゃん。
面白がってはいるが、ちゃんと私のことを考えてくれているんだと思う。
K子ちゃんがこんなことを言わなかったら、きっと私はO君に対してなんのアクションも起こさないで終わっていたはず。
よし、中学最後の思い出としてやってみよう。
さっそく、私はチョコ作りを開始した。
K子ちゃんが作るのを手伝うと言ってくれたが、さすがにそれは恥ずかしかった。
ありがとうと言って断り、休みの日にチョコ作りに勤しむ。
チョコの完成間近、自分の血と髪を切り刻んで混ぜる。
心の中でO君にごめんと呟きながらも、もし、本当に両想いになれたらどこにデートに行こうかなんてことを考えていた。
ラッピングしてチョコは完成した。
そして、バレンタインデー当日。
O君の机にチョコを入れるため、早朝に登校した。
ビックリしたのはK子ちゃんも既に登校していたことだ。
K子ちゃんは「やっぱり、早い時間に来たのね」とお見通しだった。
さすがに面と向かってチョコを渡すことは無理だ。
O君の机にチョコを入れる。
そしたらK子ちゃんが、みんなが登校するまでどっかに隠れてた方がいいと言う。
なんでって聞いたら、いつも遅刻ギリギリの私が早くから来てれば、みんなにバレバレになるからって言われた。
なるほど。
確かにその通りだと思い、私はすぐに教室から出て、図書室に向おうとした。
すると教室の中からガタゴトと音がしたから、そっと教室の中を覗いてみた。
なんと、K子ちゃんがO君の机にチョコを入れていたのだ。
もしかしたら、K子ちゃんもO君のことが好きだったのだろうか、と複雑な気分になった。
でも、もし、O君がK子ちゃんを選んだとしたら、それはそれでいいと思った。
他の子に取られるくらいならK子ちゃんに取られる方がいい。
その日、O君はいつもより少し上機嫌だったような気がする。
チョコが入っていたから、喜んでくれたんだろうか。
次の日、私はどうしても気になって、O君に「チョコ貰えたの?」と聞いてみた。
すると「ああ、1個だけ貰ったよ。美味しかった!」と笑っていた。
どうやら、ちゃんと食べてくれたみたいだ。
これで両想いになれるかもしれない。
だけど、そのこととは裏腹に、私の気持ちはなんだか冷めてしまったような感じがする。
それよりも今は、K子ちゃんと何して遊ぶかを考える方が楽しかった。
終わり。
解説
K子がOの机にチョコを入れたのなら、Oはチョコを『2個』以上貰ったはずである。
しかし、Oは「1個だけ貰った」と言っている。
そう考えると、K子が語り部のチョコを「取った」可能性が高い。
そして、ポイントとなるのは、「自分の血と髪の毛を入れたチョコを食べた人とは、両想いになれる」というお呪いである。
これは自分の血と髪の毛を入れたチョコを食べれば『相手が自分を好きになるのではなく』、『両想い』になるということである。
このお呪いを教えたのはK子であるということを考えると、K子が語り部のチョコを取って食べることで、K子は『語り部と両想い』になろうとしたのではないだろうか。
その証拠に語り部はOよりもK子と遊ぶことの方が楽しくなってきている。
メリーゴーランド
私は遊園地のアトラクションクルーをやっている。
主にメリーゴーランドを担当している。
難しいことは何もなく、お客さんの身長検査やちょっとした清掃、そして何かトラブルがあったら対応するくらいだ。
昔から子供が好きだった私は、子供と関わるような仕事をしたいと思っていた。
最初は保母さんを目指したが、希望の大学受験に失敗し、かといって専門学校や通信制の学校に行くほどお金がなかったので、諦めた。
そこで、子供が多く集まる場所として、遊園地を選んだというわけだ。
働き始めたころは子供たちの笑顔を見ることに喜びを覚えたものだったが、そんなものは半年もすれば消え失せてしまった。
今、思い返してみれば、大学に落ちた段階で、私にそこまでのモチベーションはなかったというわけだ。
毎日が同じことの繰り返し。
私じゃなくてもできる仕事であり、やりがいがあるわけでもない。
正直、私はここに就職したことを後悔し始めていた。
しかも、このご時世か、遊園地に来園する客数は年々減り続け、日曜日であっても、結構、ガラガラだ。
人気のないアトラクションは電源を切ったり、メンテナンスという札を立てて止めている始末。
少し早いがお昼休憩に入ろうかと思っていると女の子が「乗せてください!」とやってきた。
身なりはちょっとアレだったけど、とても可愛らしい女の子だ。
私はその子から券を受け取って、ほぼ貸し切り状態のメリーゴーランドに女の子を乗せる。
そして、メリーゴーランドは回り始めた。
女の子は終始笑顔で、本当に楽しそうだった。
その子の笑顔を見ていると、この仕事についた当時の気持ちを思い出した。
周り終わり、女の子が降りてくる。
その際に「とっても楽しかったです!」とペコリと頭を下げたのは、本当に可愛かった。
だが、女の子はメリーゴーランドを降りてからも、ずっと近くに立ち続けていた。
どうしたのかと思い、声を掛けてみる。
すると女の子はこう言った。
「お母さんがね、迷子になったらメリーゴーランドのところにいなさいって言ってたの」
なるほど。
どうやら待ち合わせ場所として、メリーゴーランドの前を使ったのだろう。
しかし、15分が過ぎても母親らしき人物が来ない。
女の子は立ち疲れたのか、その場にしゃがみこんでしまった。
私は女の子に「お母さんが来るまで乗ってていいよ」と言って、メリーゴーランドに乗せた。
お客さんもほとんどいないし、これくらいはやってもいいだろう。
女の子は何度乗っても飽きないのか、メリーゴーランドに乗っている間はずっと笑顔だった。
その笑顔だけで、私の心は癒されていく。
夕日の赤く優しい光が、女の子の笑顔を照らし続けていた。
終わり。
解説
女の子は昼辺りからやってきて、夕方までメリーゴーランドに乗っているということは、母親が迎えに来ていないということになる。
また、女の子は「迷子」になって、メリーゴーランドのところに来ている。
それなのに、迎えに来ないというのは異常である。
また、語り部は女の子の服装が「アレ」と言っていることから、みそぼらしいことがわかる。
もしかすると、女の子は迷子ではなく「捨てられた」のかもしれない。
兄妹
その女の子には1つ年上の兄がいる。
2人は仲が悪く、いつも喧嘩ばかりしていた。
女の子は兄のことが本当に嫌いで、一つ屋根の下に一緒に暮らしているのも嫌だった。
世界中の誰よりも兄のことが嫌いで顔も見たくないというありさまだ。
女の子はいつも両親に、兄を追い出して欲しいと頼んだり、どうして兄なんかを産んだんだと言ったりして困らせていた。
あるとき、友達から女の子と兄が容姿だけではなく、性格も全然違うと言われる。
そこで女の子は思った。
もしかしたら、兄とは本当の兄妹ではないのではないかと。
そこで女の子は兄と自分が血縁関係があるかをDNA鑑定をしてもらった。
すると女の子の思った通り、兄と自分は血がつながっていなかった。
女の子はとても喜んだ。
これで兄を追い出せる、と。
だが、女の子はもう一つのDNA鑑定の結果を見て、絶望した。
そして、家を出て行ってしまった。
終わり。
解説
もう一つのDNA鑑定は母とのもの。
その結果は母とも血がつながっていないという結果が出た。
つまり、血縁関係がなかったのは妹の方であった。
近づいてくる
一昔前に本当に存在する呪いのビデオというのが流行った。
オカルト好きの私だが、その当時はそのビデオを見たことはなかった。
それも当然のことで、周りにそのビデオを持ってる人がいなかったからだ。
風の噂では、そのビデオには髪の長い女の人が映っていて、その女の人がドンドンと近づいてくるらしい。
そして、最終的にはその女の人が目の前に現れて、呪い殺されるのだという。
オカルト好きな私は、その話を聞いてげんなりした記憶がある。
なぜなら、ベタベタ過ぎて嘘くさかったからだ。
そんなの、よくある話だから、返って怖さを感じなかった。
だから、その当時も必死になってそのビデオを探そうとはしなかった。
呪いのビデオのことなんて忘れ去っていたとき、いきなり友達から呪いのビデオが手に入ったと連絡があった。
同じくオカルト好きな友達だ。
一緒に見ようと誘われたが、ビデオデッキなんかないと言ったら、今は呪いのDVDになったのだそうだ。
私は思わず笑ってしまった。
呪いも現代に合わせてアップデートされたのかと思うと、怖いどころか馬鹿々々しくなってしまったのだ。
私は友達の誘いを断った。
だが、次の日。
友達は一人でDVDを見たらしく、会ったとき、友達は青い顔をして「本物だった」と言い出した。
オカルト好きの友達が言うのなら、それなりに怖いのだと思い、私は友達からその呪いのDVDを借りた。
お酒を片手にさっそく視聴してみる。
映し出されたのは森の中。
すると遠くの方に髪の長い白いワンピースを着た女の人が佇んでいるのを見つけた。
しばらく、画面を見ているが、その女の人はピクリとも動かない。
私はため息をついてDVDを消した。
次の日、友達に全然、動かないじゃんと言うと、何回か見ないとダメなのだという。
本当に面倒くさい。
なんで、こっちが何度も見てあげないとならないのか。
仕方なく私は再びDVDを視聴した。
林の中。
女の人が遠くに映っている。
私はじーっとその女の人を見る。
だが、前回から動いているようには見えない。
それから、私は毎日そのDVDを見ることにした。
だが、一向に近づいてきているようには見えない。
まさか、毎回一歩ずつしか近づいて来ないのか?
そんなことを考えながら、DVDを見続けていた。
それでも女の人は動いているように見えない。
時々、女の人がどこにいるのかわかりづらいときもあったが、距離は変わっていない。
苛立った私は毎日、女の人の大きさを図るようになった。
だが、一向に大きくならない。
つまり、近づいてきていないということだ。
私は完全に女の人を見るのが上手くなっていて、例え人ごみの中にいてもすぐに見つけることができた。
周りは動いているのに、女の人だけは微動だにしない。
それが妙に滑稽に思えて、笑ってしまう。
だが、そんなある日、私はあることに気づいた。
というより、心臓が飛び上がるくらい驚いた。
なぜなら、そのDVDに私が横切ったのが映っていたからだ。
そして、私は気づいた。
そういうことだったのかと。
不意に後ろから気配がして、私は振り返った。
その瞬間、私の意識がなくなり、暗闇に包まれたのだった。
終わり。
解説
女の人が近づいてくるというのは、DVDの画面から見ている方に近づいてくるというわけではない。
女の人が近づいてくるのは、『場所』である。
最初、DVDを見た時は『森』だったはずだが、次は『林』であり、中には『人ごみ』になっていたりした。
つまり、森から語り部が住む部屋へ『近づいていった』ということになる。
最後に語り部が横切ったのは、部屋に帰るときの姿である。
女の人は語り部の部屋に辿り着き、そして、語り部を呪い殺してしまった。
鳴き声
お盆休みになると、いつも隣町にある山の近くの別荘に行く。
都会から離れて、自然の中でゆっくりすることで日ごろの疲れを癒すのだ。
休みの間は人と会わないように、食べ物も買い込んでから別荘にこもる。
別荘にはテレビやパソコンを置かないようにしている。
別荘にいる間はきっちりと都会での生活とは切り離すためだ。
前にパソコンを持ち込んだ時は、休みの間中、パソコンと向き合っていて、結局普通の休みと変わらない生活になってしまった。
ただ、スマホだけは何かあったときのために持っていく。
だけど、極力開かないようにするのだ。
普段はやらない自炊をして、ゆっくりと読書をしたり、自然を眺めたりして過ごす。
意外とこれが飽きない。
ホント、癒されるという感じだ。
今回のお盆休みもゆったりとできると思っていたのだが、その期待はあっさりと崩された。
夜、早めに寝ようと布団に入っていると、遠くから悲鳴なような声が聞こえる。
慌てて起きて、ドアを開けて外を見る。
すると、一匹の猫が別荘の前にちょこんと座っていた。
ああ、なるほど。
こいつの仕業か。
そう。猫は発情期になるとまるで悲鳴のような鳴き声をあげるのだ。
最初、その鳴き声を聞いたときは本当にびっくりしたのを思い出す。
しかも、その鳴き声は結構、続く。
このままじゃ眠りに付けない。
そこで何か餌をあげることで誤魔化そうと、冷蔵庫を開ける。
その間も、遠くから悲鳴のような鳴き声が聞こえてきた。
猫の鳴き声だと知っていても、気持ちいいものではない。
なんとか、猫には黙っていてもらおう。
冷蔵庫にはシチューで使った残りの牛乳があった。
本来は普通の牛乳を猫にあげるのはまずいのだが、ここは目を瞑ってもらおう。
器に牛乳を入れて、猫に与える。
猫は喜んで、牛乳を飲んでいた。
これでしばらくは黙ってくれるかな、と思いもう一度布団に入った。
すぐに眠りにつき、朝までぐっすりと眠れた。
どうやら、牛乳1杯で一晩持ってくれたようだ。
長いようで短いお盆休みが終わりに近づき、別荘を後にする。
家に帰って、地域のニュースを見ると30代の男の逮捕のことが報道されていた。
なんでも、その男はストーカーだったらしい。
帰ったらこんなニュースか。
思わずため息が出てしまう。
やっぱり、自然の中で過ごすのが一番だ。
終わり。
解説
猫の発情期の鳴き声は「悲鳴と似ている」と語り部が言っている。
そして、猫は近くにいるはずなのに「遠くから」聞こえてきていた。
さらに、発情期の鳴き声は長いと言っているのに、2度ほどしか語り部は聞いていない。
また、帰ってきて見たニュースではストーカーの男が逮捕されている。
しかも、そのニュースは「地域」のニュースである。
つまり、語り部が聞いたのは、「悲鳴と似ている猫の鳴き声」ではなく「猫の鳴き声に似た悲鳴」だったということである。
おそらく、ストーカーが殺した女性の悲鳴だったのだろう。
パスワード
俺の彼女はパソコンのパスワードを好きな人の誕生日にする癖がある。
だから、今、彼女が使っているパソコンは俺の誕生日である「2006123」になっている。
本人はそのことを俺に知られていないと思っているようで、俺ももちろん知っていることは黙っている。
別に彼女のパソコンの中身を覗き見ようなんて思っていない。
俺の誕生日が設定されていることに安心するのだ。
彼女と付き合って2年。
俺は本当に彼女が好きだ。
もちろん、結婚したいと思っている。
結婚のために勉強も頑張って、ちゃんと就職をして、なんて将来の設計までちゃんと考えているのだ。
それとなく、彼女に聞いてみるが、彼女も同じ気持ちだと言ってくれた。
だから、俺は彼女のパソコンのパスワードはもう変わることはないと思っていた。
だが、そんなある日。
なんとなく彼女がよそよそしい気がした。
気のせいだと思い込もうとしたが、デートに誘っても用事があると断られるし、一緒に帰ろうとしても、友達と帰るからと言われてしまう。
本当はこんなことはしたくなかったが、俺は彼女を隠れて観察することにした。
すると、彼女は後輩のSと仲良さそうにいつも話している。
なんと俺の誘いを断って、Sと帰ってるくらいだ。
目の前が真っ暗になった。
結婚するのは彼女しかいないと思っていたからだ。
あんなSみたいな奴に取られるなんて許せない。
俺は彼女にSが好きなのかと問いただした。
だけど、彼女は「Sは単なる後輩」と言うだけだった。
そこで俺は嫌がられたが、強引に彼女の家に遊びに行った。
そして、彼女が部屋を出た瞬間に、パソコンのパスワードを入力する。
Sの誕生日は俺と全然違う、12月であることはすでに調べてある。
もし、Sの誕生日に変えているなら、ログインできないはずだ。
だが、彼女のパソコンにログインができた。
よかった。
俺の思い過ごしだったようだ。
俺は改めて、彼女のパソコンのパスワードは今後も変わらない、変わらせないと決意した。
終わり。
解説
彼女のパソコンのパスワードは「2006123」である。
ここから、語り部の誕生日は2006年1月23日と推測できる。
しかし、「後輩」の誕生日が2006年12月3日の場合、同じ「2006123」となる。
また、同じ2006年生まれでも、4月で学年が分けられるため、「後輩」になる。
もしかすると彼女はとっくに、語り部への愛は冷めているのかもしれない。
お父さんへのプレゼント
僕はお父さんの本当の子供じゃない。
スラム街で盗みに失敗して半殺しにされていたところを拾って貰ったのだ。
お父さんの周りの人は、お父さんがそんなことをするなんて珍しいなんて言う人が多い。
なんでも、お父さんは結構、悪い人らしい。
でも僕にはそんなことは関係ない。
お父さんは僕を大切にしてくれるし、僕に優しい。
僕にとっては世界で一番のお父さんだ。
お父さんは元々、お金持ちってわけじゃないのに、僕を拾ってくれた。
そのせいで、生活はとっても苦しい。
僕も働くとお父さんに頼んだが、お父さんは「お前はまだ子供なんだから」と言って勉強させてくれた。
だから、学校で、貧乏ってイジメられても全然、気にならない。
本当なら、僕なんかが学校に行けることさえもできないんだから。
こうやって勉強できるだけでも、お父さんには感謝しないといけない。
でも、お父さんは僕がイジメられてるってことに気づいて気にしているようだった。
だから、学校で必要な物は買ってくれたし、なるべく良い物を用意してくれた。
このお金はどうしたの、と聞いても「子供のお前は心配しなくていいんだ」と笑って誤魔化すだけだ。
あるとき、お父さんとお買い物に行ったとき、僕と同じくらいの子がオモチャを買ってもらって喜んでいるのを見かけた。
お父さんは僕に、「お前も、アレ、欲しいか?」と聞かれた。
正直、欲しいと思ったけど、欲しいなんて言ったら、お父さんは無理をして買ってきてしまう。
だから僕は、「もうすぐクリスマスだから、サンタに頼んでみる」と言った。
僕は良い子じゃないからサンタは来ない。
だけど、そう言っておけば、お父さんがオモチャを買ってくることはないはずだ。
そのとき、僕はあることを思いついた。
お父さんにはいつも買ってもらってばかりだ。
たまには僕もお父さんにプレゼントをしたいと思った。
だから僕は、お父さんはサンタにプレゼントを貰えるなら、何がいい?と聞いてみた。
「時計が欲しいかな。銀の懐中時計」
と言った。
もうすぐクリスマス。
お父さんが「今日は遅くなるから先に寝てなさい」と言われた日。
僕は町へと繰り出した。
人通りが少なくなるまで、路地裏の隅で隠れて待ち続ける。
町の明かりがほとんど消えた頃、誰かが路地裏を通りかかった。
僕は用意していたレンガの欠片で、そいつの後頭部を思い切り殴った。
そいつは倒れて、動かなくなった。
よく見てみると、そいつは覆面をしていた。
どうやら、どこかで盗みをした後だったらしい。
本当にラッキーだった。
結構、お金を持っている。
これなら、お父さんが欲しがっていた時計も買えるだろう。
さらにラッキーだったのは、そいつは僕が欲しいと思っていたオモチャも持っていたのだ。
お父さんに、サンタからオモチャも貰えたって言えば、きっとお父さんも喜んでくれる。
僕もお父さんもサンタからプレゼントを貰ったっていう、最高のクリスマスになりそうだ。
次の日、僕はそのお金を持って時計を買った。
そしてクリスマス当日。
僕はお父さんのベットの横に時計を置いておいた。
お父さんはきっと喜んでくれる。
そう思うと、嬉しくてなかなか寝付けなかった。
でも、そういえば、あの日からお父さんは家に帰ってきていない。
終わり。
解説
語り部の父親は強盗だった。
語り部へのプレゼントを買った後に強盗をし、その帰りに語り部に襲われてしまった。
つまり、語り部は大好きな父親にプレゼントをするために、大好きな父親を殺してしまったことになる。
痴漢
僕は昔からよく女に間違われる。
それが嫌で、髪を短くしたり、服装も結構気を付けたりしていた。
筋肉も付けようとしたけど、どうやら筋肉が付かないタイプらしくて、体の線は細いままだ。
学生の頃はよく学園祭とかで女装させられたし、それを見て勘違いした男から告白されたりもした。
本当にそれが嫌で、男らしいことをいろいろやってみたけど、あまり効果はなかった。
ちゃんと男として見られたい。
ただ、それだけなのに難しい。
学生の頃は制服を着ていたから、あんまり間違われることはなかった。
時々、なんで女が男の制服を着てるんだって目で見られることもあったけど。
とにかく、今よりは間違われることはなかった。
会社勤めでスーツを着るようになってからは、取引先でも間違われることも多々ある。
今では女の人でもスカートタイプではなく、パンツスーツが多い。
そのせいで、スーツを着てるから男、という風には見られなくなった。
本当に最悪なのは、電車に乗っていると痴漢に遭うことだ。
満員電車でイライラするのに、痴漢されるなんて本当に終わってる。
しかも、おそらく、毎回同じやつだ。
かといって、相手を捕まえるというのも躊躇してしまう。
男なのに痴漢されたなんて恥ずかしいし、相手も男に痴漢なんかするかと開き直られてしまう。
まったく、ちゃんと男として見てもらうだけで、なんでこんなに苦労しなくちゃならないんだ。
なんとかならないかと思っていた時だった。
なんと、男性専用車両というのが試験的に実施された。
なんでも、痴漢冤罪が多くなっていて、勘違いされたくない人はそっちに乗るというものだ。
よかった。
ここに乗っていれば痴漢されることはないだろう。
これでちゃんと男として見てもらえる。
そう思っていたのだが――。
結局、痴漢された。
また、あいつだ。
一体、なんなんだよ、もう!
俺は男として見てもらいたいだけなのに!
終わり。
解説
語り部が男性専用車両に乗っているということは、痴漢の相手は語り部が男だと知っているということである。
つまり、語り部は痴漢にはちゃんと男として見られている。
人生ゲーム
社会の爪弾き者なんて、世の中にはごまんといる。
俺もその中の一人ってわけだ。
今年で40歳だが、高校を卒業してから1度も就職はおろかバイトもやったことはない。
いわゆる典型的な引きこもりで、ニートってやつだ。
あー、いや、この年齢になるとニートじゃなくて、無職になるのかな?
とにかく俺は人生の半分以上の時間を家でゴロゴロして過ごしてきたわけだ。
母さんから月に1万のお小遣いをもらい、月に1、2回飲みに行くのが人生の唯一の楽しみになっている。
そんなある日。
居酒屋で、一人で飲んでいると、見知らぬ男が話しかけてきた。
その男は今回の会計は全てこちらで持つから、話を聞いてくれないかと言ってくる。
物凄く怪しいと思ったが、話を聞くだけだし、何より奢って貰えるというのはかなり美味しい。
はいはいと頷くだけで数千円儲かるなら、多少怪しくても無職の俺としては断る理由は無かった。
男はあるイベント会社に勤めていて、それに参加してくれる人を探しているらしい。
それはいわゆる、『リアル人生ゲーム』のようなもので、人生ゲームを実体験できるというものらしい。
月に1度、ルーレットを回し、止まったマスに書かれていることが実体験できる。
お金を貰えると書かれていれば、実際にお金が貰えるのだという。
こんなに美味しいゲームはないと男は力説する。
やっぱり、そういう怪しい勧誘かと思い、断ろうと思ったが男は結構、粘り続けた。
そこで、俺は「そんなに美味しいゲームなら、俺じゃなくてもやりたい奴はいっぱいいるでしょ」と言ってやった。
いわゆる、「儲かるならお前がやれよ」というような感じだ。
しかし、男はこのゲームはニートか無職の人しかできないのだという。
なぜかと聞くと、このリアル人生ゲームはゴールするまで大体3年かかるというのだ。
その間、時間を割くことができるのはニートか無職の人間だけ。
つまりは無職専用ゲームというわけだ。
その言葉が妙に俺の心に刺さった。
無職であることでできないことは数多くあるが、無職じゃないとできないなんてことは初めて言われたからだ。
俺は男に会費とか、参加費がかからないのかを何度も確認した。
男はそういうのは一切かからないと断言する。
そこで俺はその人生ゲームに参加することにした。
人生ゲームに参加する際のルールは簡単なものだった。
まず、毎月1度、必ずルーレットを回しに会場に来ること。
止まったマスに書かれていることは必ずやること。
それ以外は自由に過ごせるというものだった。
俺はさっそく、ルーレットを回した。
出た目は4。
4マス進んだ先には『100万円貰える』と書かれていた。
すると男が100万を手渡してくれ、「このお金は自由に使ってもらって結構です」と言われた。
だが、同時に「もし、お金を払うというマスに止まれば、払っていただくことになるので、お金の管理はしっかりやってください」とも注意された。
ルーレットは最大で6マス進める。
俺は自分の先の6マス以内にお金を払うマスがないかを見る。
3マス先に『10万円を払う』というマスしか、お金を払うマスはなかった。
最悪10万は残しておけばいい。
そう考えて、俺は1ヶ月間で90万を使った。
次の月は保険に入るかどうかを聞かれただけだった。
そして、その次の月は『転職』マスだった。
なんと『パイロットになれる』と書かれていた。
もちろん、断ることはできるらしい。
ただ、その場合、『給料』としてもらえる額は低くなってしまう。
だが、パイロットになれば、給料は月に100万円が支給される。
俺はもし、パイロットになれば働かないとならないのか?と聞くと、それは自由だと言われた。
働いてもいいし、働かなくてもいい。
給料はどちらでも変わらないらしい。
そこで俺はパイロットになることにした。
すると、社員証と名刺を渡される。
今から、俺はここの会社の社員らしい。
そんな馬鹿なと思い、俺は名刺に書かれていた会社へ行くと本当に社員として中に入れた。
しかも、パイロットとして働くことができるのだ。
もちろん、操縦はさせてもらえないが、コックピットに入らせてもらえた。
人生で初めて飛行機になり、CAと話すことができた。
それが嬉しくて2週間くらいは出勤したが、途中で面倒くさくなり、行くのを止めた。
そこから数ヶ月すると、今度は『結婚する』というマスに止まった。
すると、男はカタログを持ってきて、「結婚する相手を選んでください」と言ってきた。
カタログに載っていた女は全て、美人だった。
俺は好みの女を指差す。
すると男は「かしこまりました」と言って、どこかに行ってしまった。
次の日。
家に、カタログで選んだ女がやってきた。
そして、戸籍上でも俺たちは結婚していることになった。
なんと、人生で初の彼女どころか、一気に嫁ができたわけだ。
そこからは本当に人生バラ色だった。
『子供が生まれる』というマスに止まれば、本当に嫁が妊娠し、子供が生まれた。
もちろん、俺と嫁の子だ。
何回かは事故に遭ったり、お金を払うというマスに止まったが、そんなのは全然問題ないほど、俺は幸せの絶頂だった。
そして、3年が過ぎた頃。
ついに、この人生ゲームの終わりも見えてきた。
そこで、俺は男にゲームをクリアしたらもう1度やりたいと言ったが、男は「2度はできないようになっています」と返された。
こんな楽しいゲームが終わってしまう。
でも、この3年間は本当に楽しかった。
おかげで妻と子供も持つことになり、色々な仕事も経験できた。
俺は3年間の思い出を噛みしめ、最後のルーレットを回した。
最後のマス。
そこには『人生のゴール』と書かれていた。
終わり。
解説
ルールとして、止まったマスに書かれていることは実行しなくてはならない。
そして、『人生のゴール』というのは『死』である。
つまり、この後、語り部は殺されることになる。
男が「2度はできない」と言ったのは、ゴールすると死ぬからである。
成人式
少年たちは1度、暴走行為をして全国でニュースとして放送された。
有名人になれたことを少年たちは喜び、また、そのことが忘れられないでいた。
またあの時みたいにみんなに注目されたい。
そんなことばかり考えていた。
そこで少年たちは成人式の日を待ち続ける。
そして、待ちに待った成人式の日。
少年たちは成人式に出た後、にやにやしながら車に乗り込む。
この日のために派手に改造していた車。
これなら遠くにいても目立とうはずだ。
少年たちは爆音を鳴らし、車体の上に乗り、騒ぎながら車を走らせる。
もちろん、少年たちの中に車の免許を持っている者はいない。
少年の中の一人が、運転している少年に言う。
「お前、ちゃんと運転しろよ。前みたいに事故ったら台無しなんだから」
「わかってるって。もう、あんなヘマしねーよ」
しかし、誰にも全くと言っていいほど注目されない。
さらに、道路は渋滞し始めた。
イライラした少年たちの中に一人がいきなり、こんなことを言い出した。
「歩道走ればいいんじゃね?」
その言葉に少年たちはおお、と歓声を上げた。
確かにこれならニュースになること間違いなしだろう。
また全国でニュースになる。
さっそく運転手は歩道へ車を乗りあげる。
そして、多くの人が歩いている歩道で、アクセルを全開に踏み込んだ。
しかし、そのことは全国どろころか地方のニュースにもなっていない。
SNSでの書き込みも0だ。
「あーあ。今年もダメか。また来年再チャレンジだな」
少年たちはガッカリして肩を落とした。
終わり。
解説
成人式は人生で1回しか出られないはずである。
なので、『来年』にもう一度チャレンジするのは無理である。
そして、歩道に人がいる中で、車を暴走させたのに、なぜニュースにもならなければSNSでも書き込まれなかったか。
それは『誰も気づかなかった』からである。
少年たちは成人式で暴走し、事故を起こして全国でニュースとなった。
つまり、少年たちは既に死んでいて、幽霊の状態で暴走していたため、誰にも気づいてもらえなかったというわけである。
また、少年たちは死んでいて年を取らないので、来年も成人式に出る予定を立てている。