意味が分かると怖い話 解説付き Part131~140

意味が分かると怖い話

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キレイ好き

私はとってもキレイ好き。
 
部屋の中はもちろん、体だってキレイに保ちたいから、朝と夜に必ずシャワーを浴びる。
休日は昼間も浴びることだってあるくらいだ。
 
友達からは潔癖症って言われることもあるけど、さすがにそこまでじゃないと思う。
 
ただ、私は相手にも最低限のキレイを求めてしまう。
友達の部屋に遊びに行ったとき、散らかっていたらつい片づけてしまうくらいだ。
 
中にはそれを嫌がる人もいる。
そういう人とは友達にはなれない。
というか、少し距離を置いていると、自然とあっちから連絡を断ってくる。
 
まあ、部屋が汚いってことは汚れを気にしない人ってことだから、結局、お互い嫌な思いをするだけだろう。
だから、そういう人は友達を続けない方がお互いのためだ。
 
もちろん、友達だけじゃなく、彼氏にはもっと気を付けてもらう。
キレイ好きか、私が部屋を片付けても文句を言わない人じゃないと、付き合うのは無理だ。
 
幸い、今の彼氏は最低限、部屋をキレイにしてくれるし、私が掃除しても文句を言ったりしない。
もしかしたら、ここまで合う人は初めてかも。
 
なんだかんだ言って、20年以上、彼氏ができなかった私。
この人となら結婚を考えてもいいかなって思う。
 
それに体を許しちゃってもいいかなって。
実際、数ヶ月前くらいからそれらしいアピールがある。
 
今までそれとなく躱してきたけど、そろそろいいかなって思っている。
今度、彼氏の家に泊まりに誘われているから、そのときにいい雰囲気になったら……なんて。
 
そんなことを考えていると、なんだかんだいって、期待と不安が混じったような変な感覚がする。
そして、彼氏の家に泊まる前日。
私は彼氏が他の女の人と腕を組んで楽しそうに街を歩いているのを見かけた。
 
次の日。
彼氏の家に泊まりに行った際、いい雰囲気になった。
 
それでも彼氏はがっつくことはしないで「シャワー浴びる?」って聞いてきてくれた。
私はそれを断った。
 
そして、行為が終わった後、私はシャワーを浴びた。
 
終わり。

解説

語り部の女は潔癖症と思うくらい、キレイ好きである。
それは人間関係でもいえることで、彼氏が浮気をしていることも許せない。
そして、なぜ『行為の前』にシャワーを浴びなかったのか。
それは『汚れること』がわかっていたから。
さらに『行為』とは『殺す』ということ。
語り部は彼氏を『殺した後』にシャワーを浴びた。

 

恐怖動画

1年前からユーチューブで配信をしている。
最初は〇〇をやってみた系をやってたんだけど、再生数はよくて2桁だった。
だから、路線変更することにした。
 
ホラー系。
怖いものは一定数視聴者がいるって聞いて、試しにやってみた。
 
その目論見は成功で、再生数は1000倍くらいになった。
けど、今度は逆にネタに困るようになった。
 
やってみた系はなんとなくネタを探せばひねり出せるけど、ホラー系はそうそうネタが落ちてない。
海外のサイトを漁って恐怖映像を探してみたが、すぐにネタが尽きてしまった。
 
となると自分で作るしかない。
いわゆるやらせだ。
 
批判は多くなるけど、単に怖いものを見たいというような視聴者には刺さる。
そこで、数ヶ月前から心霊スポットに探索するという方向へ舵を切った。
 
そしてついにネタ動画の日。
その日は友人にも協力してもらって、心霊スポットに3人で行くという企画にすることした。
俺一人だけだと、どうもヤラセ感が強くなってしまうからだ。
 
佐藤、田中、宮本に連絡して、顔にモザイクをかけるという約束で出てもらえることになった。
佐藤と宮本には、俺と一緒に心霊スポットにいくという形で、田中には霊役をやってもらう。
 
昼間に現地に到着し、3人と念入りに打ち合わせした。
そして、辺りが暗くなり始めたころ、俺たちは収録を始める。
 
昼間に何度も回った場所だが、やっぱり暗くなると雰囲気は一変する。
俺はもちろん、佐藤も宮本も怖いのか声が震えている。
 
考えてみると、今一番怖いのは一人でスタンバイしている田中だろう。
田中には特別に後でいいものを奢ってやることにしよう。
 
ついに仕込みをしている場所に差し掛かる。
佐藤が悲鳴を上げて指をさす。
 
「あそこに変な奴がいる!」
 
台本通りだったけど、雰囲気のせいか本気で怖かった。
あそこにいるのは田中だとわかっていても、逃げ出したいくらい怖い。
 
でも、ここで逃げたら意味がない。
台本通り、騒いで動画の取れ高を確保した。
 
みんなにはお礼を言って、焼き肉をごちそうした。
 
そして動画を編集してユーチューブにアップする。
3人が写っている動画は、やっぱりネタだ、ヤラセだと炎上したが再生数は跳ね上がった。
 
これからもみんなには手伝ってもらおう。
 
終わり。

解説

語り部と霊役も含めると「4」人写っていないとおかしい。
つまり、佐藤か宮本が動画から消えていることになる。

 

ルーレット

俺は昔からどちらかというと運が悪い方だった。
 
福引とかビンゴとか、小さいところではよく当たるくらい運がよかったが、大事な部分で運任せにすると、大体は悪い結果になる。
まあ、そういうのは俺だけじゃなくて、大体の人はそうなのかもしれないけど。
 
そんな俺も学生の頃までは平凡に過ごしてこれた。
彼女が出来て楽しい学園生活……とまではいかなくても、友達同士でバカをやってそこそこ楽しく過ごすことができた。
 
就職に関しても多少は苦労したけど、就職浪人することなく、大学卒業後からすぐに働くことができた。
 
新入社員としても、仕事上で多少の失敗をしたこともあったが先輩や上司の助けもあって大事になることもなかった。
そういう点でいうと俺は運がいいというか、恵まれていたのかもしれない。
 
だが、仕事に慣れた3年目のときだった。
ふと、後輩に誘われてパチンコに着いていった。
 
今考えると、あそこが人生の分岐点だったと思う。
 
俺はあっさりとパチンコ、というかギャンブルにハマった。
宝くじのようなものはもちろん、競馬や競輪なんかにも手を出した。
 
お盆休みや年末年始のような長い休みがある日は、海外のカジノにも行くようになった。
気づけば、俺には多額の借金が残っていた。
 
借金取りから逃げるため、会社を辞めて、各地を転々とする生活。
日銭を稼いではそれをギャンブルにつぎ込むという繰り返しの毎日を過ごした。
 
でも、あるとき、母親は病気で死んだことを父親から聞いた。
香典を出すことも、葬式に出るための喪服を買う金さえもない。
 
考えてみると俺は母親に一度も親孝行どころか迷惑しかかけていない。
 
このままではダメだ。
せめて父親には親孝行をしたい。
 
そこで俺は人生で最後で代々の勝負をすることにした。
 
自分の臓器を担保に、数百万を闇金融から借りてラスベガスへと飛ぶ。
そして、一世一代の勝負を仕掛ける。
 
ルーレット。
俺が選んだのは今までやったことのないギャンブルだ。
 
なんとなくビギナーズラックを狙っていたというのもあるかもしれない。
ルーレットの席に座り、まずは10万円分ほど「赤」に賭ける。
すると、21の赤に球が止まった。
 
勝った。
勢いは今、俺に来ている。
 
俺は全財産をまた「赤」に賭けた。
球がルーレットの盤上を転がっている間は、とても長く気が狂いそうな時間だった。
心臓の音がやけに大きく聞こえてきて、息が荒くなり、すべての脳内麻薬が大量に出ている感覚がする。
 
頭の中では今までの思い出や、母親のこと、父親のことがグルグルとめぐっている。
そして、球が止まった瞬間、俺の目の前が真っ白になった。
 
必死に目をこすり、ルーレットの盤を見る。
11の「赤」。
 
勝った。 
俺は人生最大の勝負に見事勝つことができた。
 
俺は借金を返して、実家に戻り、就職して普通の生活に戻った。
彼女もでき、結婚をし、子供が生まれた。
 
今、俺は本当に幸せだ。
 
ギャンブルというのは身を亡ぼす。
本当にそうだと思った。
 
俺はもう二度とギャンブルはしないと心に固く誓った。
 
終わり。

解説

ルーレットの盤で11は「黒」である。
語り部は「勝ったという幻」を見ていたことになる。
つまり、語り部は負けたショックを受け入れられず、精神が崩壊してしまった。

 

チャイルドシート

なんだろう。
最近、事件や事故が多くなってきたような気がする。
 
去年までは大体は署内で書類整理とか、ダラダラとパトロールをしていた日が多かったのに、今ではひっきりなしに呼び出される。
 
現在も掛け持ちで車の窃盗グループを追っている。
いや、本当に掛け持ちは勘弁してほしい。
どれがどの事件のことかこんがらがってしまう。
 
俺は頭がいい方じゃないから、細かいミスとかしてしまうのだ。
 
朝から課長に怒鳴られた後、通報が入り、行って見るとデカいネズミが出たとか。
……俺は人間を捕まえるのが仕事であって、ネズミは管轄外なんだけど。
 
なんてことを言うわけにはいかないので、ネズミ捕獲作戦を実行する。
考えてみれば逆にサボる口実にはいいかもしれない。
 
なんだかんだやっていたら、3時間が経過していた。
この3時間の間、サボれたかと言われれば全然そんなことはなく、走り回ったりして結構疲れた。
 
こんなことなら、適当な言い訳をして断って、後で苦情を入れられて課長に怒られた方がよかったのかもしれない。
 
ネズミを捕獲していたせいで、お昼をとるのが遅れてしまった。
休憩がてら、昼食にしようかと考えていたら無線で連絡が入る。
 
事故だ。
3台の車が玉突き事故を起こしたらしい。
 
はあ。今日は本当についていないらしい。
 
昼食なんて言ってられず、すぐに現場へと向かう。
その現場はかなり騒然としていた。
 
他の人はもちろん、まだ救急や消防も来ていない。
中にはまだ運転手が乗っている事故車もある。
 
現場でどうしようか考えていると、いきなり炎が舞い上がった。
どうやら、事故を起こした車からガソリンが漏れ、それに引火したらしい。
 
とにかく、まだ車内にいる運転手を下さなければならない。
俺はすぐに事故車の運転手に駆け寄り、運転手を引っ張り出すことに成功する。
 
「ほかに同乗者はいますか?」
「いえ、いません」
 
ホッと安堵の一息をついた瞬間、俺は車に貼ってあるステッカーが目に入った。
慌てて事故車へと戻り、後部座席を確認した。
 
最悪なことに、この事故で1名の死者が出てしまった。
そして、この後、この事故車の運転手を逮捕した。
 
終わり。

解説

語り部が見たステッカーは「赤ちゃんが乗っています」というもの。
つまり、後部座席には赤ちゃんが乗っていた。
しかし、その車の運転手が「他に同乗者がいない」と言ったということは「赤ちゃんがいたことを知らない」ことになる。
この車の運転手は車の窃盗グループのメンバーだった。

 

映画

俺は今、映画を見ている。
 
この映画はある意味、話題作だが客は全然入っていない。
宗教を批判するような描写があったことで、その宗教から上映の差し止めがあり公開が見送られていた。
 
それが近年、規制が緩くなったのか、その宗教の影響力が下がったのか、この映画が公開されることになったのだ。
 
ただ、とはいえ問題作であることは変わらないため、田舎の映画館のみで上映されるという流れになったようだ。
 
それにしても、本当にガラガラだ。
平日だからとか、田舎だからとかはあまり関係ないだろう。
 
全然客がいない理由は単純につまらないからだ。
アクション映画のはずなのに、30分が過ぎても一向にアクションが始まらない。
客の中には寝ているやつもいるが、それは仕方のないことだろう。
実際、俺も眠くなってきていた。
 
時間の無駄だし、帰るか。
 
そう思った瞬間だった。
一発の銃弾の音と、数人の悲鳴が上がった。
 
スクリーンを見る。
そこには銃を持った男が立っていた。
 
威風堂々とした男はニヒルな笑みを浮かべている。
俺を含めて、観客はその男に釘付けになった。
 
まさかの急展開。
こんな展開、誰が予想できただろうか。
 
もし、映画評論家が見たら、ナンセンス、現実離れしている、なんて批評するかもしれない。
だが、俺にとっては最高の展開だった。
 
映画を見に来てよかった。
 
心の底からそう思った。
確かに強引で脈略もない、この展開を嫌がる人間がいるかもしれない。
 
いや、大半の人間は顔をしかめるだろう。
だけど、俺にとってはどんな名画よりも興奮した。
面白いと思った。
 
「おい! いい加減にしろ!」
 
青年がいきなり、男に向って叫んだ。
男は肩をすくめた後、平然とその青年に銃を向け、そして、撃った。
 
青年が倒れる。
 
その場が静まり返った。
観客は固唾をのんで男の動向を見守る。
 
すると、突然、男は懐からダイナマイトを出した。
昔ながらの、細長く、導線の付いた古臭い、いかにもというダイナマイトだ。
 
その光景はかなり滑稽で、どこかコメディ的だった。
観客の中でも、吹き出すやつもいた。
 
実際、俺も笑っていたのかもしれない。
 
男はマッチを擦り、導線に火をつける。
バチバチと火花を立てながら、導線の火はダイナマイトへと近づいていく。
 
さすがにこんな展開はないだろ。
あまりにもお粗末だ。
現実離れしすぎている。
 
俺の中の興奮が一気に覚める。
いつの間にか、汗が冷たいものになっていた。
 
一瞬の閃光と爆発音が響く。
 
どうやら終わりのようだ。
辺りが暗くなっていく。
 
「くそっ!」
 
俺は小さく舌打ちした。
 
終わり。

解説

男が乱入してきたところから、映画ではなく現実で起きた出来事になっている。
映画館に乱入してきた男は、宗教に関連しており、抗議のつもりで映画館を襲撃した。
いわゆる自爆テロを行ったのである。
そして、語り部はその爆発に巻き込まれて死んでしまった。

 

体育会系

大学を卒業後、先輩の紹介で今の会社に就職することができた。
 
この会社は良く言えばアットホーム、悪く言えばブラックだ。
上下関係がものすごく厳しく、先輩の言うことは絶対。
 
俺の同期が飲み会で酔って先輩にタメ口をきいただけで、壮絶なイジメを受けて退職していった。
だから、飲み会の「無礼講」なんて言葉は嘘で、先輩や上司に接待する場所だということは絶対に忘れてはいけない。
この会社に居続けるためには、入社1年目はどんなときでもお酒は飲まないというのが鉄則だ。
 
逆に先輩や上司の言うことをきいていれば、本当に良い職場だ。
ミスをしても、ノルマを達成できなくても、先輩や上司が親身になって助けてくれる。
 
この会社は良い意味でも悪い意味でも団結力が半端ない。
それがこの会社の強みでもあるんだろう。
 
とにかく大変で楽しい1年目は長いようで短かった。
ようやく俺の下に新入社員が入ってくる。
 
これでようやく、打ち上げの飲み会の準備や、社内の清掃、備品の補充など新入社員の仕事から解放される。
 
この1年は大変だったけど、先輩たちに助けてもらった分は、俺も後輩を助けていかないといけない。
この1年で覚えたことは決して少なくない。
それをちゃんと後輩に伝えていこう。
 
逆に言うと、俺も今日から先輩だ。
後輩に舐められないようにしないといけない。
 
その日は、いつもよりも早く出社した。
新入社員の誰よりも早く出社して、気合を入れ直す。
 
新入社員に教えることを整理し直した。
 
よし、最後にトイレに行って万全の状態で新入社員を迎えよう。
 
トイレに向かう途中、廊下で新入社員と会った。
学生の気分が抜けきってないのか、髪は金色だし、ネックレスや腕輪なんかもつけて、いかにもチャラそうなやつだ。
 
そいつは俺をチラリと見ると、頭を下げるどころか顎を上げた。
 
俺の同期でもいたな、こんなやつ。
学生の頃はやんちゃしていて、怖い物知らずというやつだ。
先輩でも上司でも、舐めた口をきいて、結局、入社後3ヶ月で退職していった。
 
ここは先輩の腕の見せ所だ。
こういうことを注意するのも先輩の仕事だろう。 
 
「おい! ここじゃ、先輩に対しての態度はちゃんとしろ!」
「……」
「すれ違うときは、頭を下げて、お疲れ様ですって言え。あと、タメ口も絶対にするな。わかったか? わかったなら、返事しろ」
 
その新入社員は返事をするどころか、俺に対して、舌打ちをしてきた。
本当に舐めたやつだ。
きっと、こいつは3ヶ月……いや、1ヶ月ももたないだろう。
 
そんなとき、俺の上司が出社してきた。
俺は新入社員のお手本を見せるように頭を下げて、こう言った。
 
「おはようございます!」
 
そして、上司は俺たちを見て、こう言った。
 
「おはようございます!」
 
終わり。

解説

上司が「おはようございます」と、敬語を使ったということは語り部と話していた男は新入社員ではなく、「上司よりも上の立場」だということがわかる。
つまり、語り部は上司よりも上の立場の人間に対して、舐めた口をきいたことになる。

 

正義のために

俺は昔、いじめられっ子だった。
 
小学3年まではまさに毎日が地獄そのもの。
友人や担任はおろか、両親も助けてはくれない。
 
そんなとき出会ったのが空手だ。
いじめられてボロボロになった俺を見た師範が、こう言った。
 
「苛められる方が悪いとは言わない。だが、悪くないからと言って、何もしなければ何も変わらない」
 
この言葉で俺は、自分自身が変わらないとダメだと思い立った。
 
その日から俺は空手に熱中した。
専念した。
 
中学を卒業する頃には空手の大会でいいところまで勝ち上れるようになったし、俺をいじめるような奴はいなくなった。
いじめは弱い奴を狙うこと。
つまり、そいつよりも強くなればいじめられない。
 
もちろん、高校に入ってからも俺は空手を続けている。
俺をここまで育ててくれた師範と空手に感謝しかない。
 
今まで空手に打ち込むことしか頭になかった俺だけど、最近は何か恩返しをしたいと考えるようになった。
 
師範は「お前が強くなってくれればそれが恩返しだ」と言ってくれた。
 
じゃあ、空手に対して何か恩返しはできないのか。
そこで思い立ったのが、「弱い人を守る」ことだった。
 
そこまで長い時間は無理だけど、俺は暇があればランニングもかねて辺りを見て回った。
時々、いじめを見かける。
そんなとき、助けに入るのだ。
 
パトロールのようなことをするようになってから気づいたことがある。
それは昔と違い、いじめられる側といじめる側の人間があまり変わらないということだ。
 
今では昔のようなわかりやすい不良なんてほとんどいない。
逆に優等生っぽいやつがいじめをしている。
 
そんないじめをするようなやつを叩きのめすことが、俺にとって空手の恩返しだ。
 
そして、俺はいじめられていた方に、「強さを見せればいじめられなくなる」と伝える。
そんな言葉で、俺のように変われる人は少ないだろう。
でも、一人だけでも「強さ」を身に着けようと思うってくれればそれでいい。
 
そんなある日。
額に傷のある少年が、一人の男を木刀で叩いているところを見つけた。
叩かれている方は必死に「止めてくれ! 悪かった!」と叫んでいるが一向に止めようとしない。
 
俺は割って入って、木刀を持っている男を叩きのめした。
叩かれていた方は俺を見るなり、逃げて行ってしまった。
 
よほど怖かったのだろう。
 
いつものアドバイスが出来なかったことが少し残念だったけど、いじめを止められたことは満足だ。
 
次の日。
ニュースで少年が川で、水死体で見つかったと報道されていた。
 
なんでもその少年はいじめられていて、そのいじめの中で殺された可能性があるとのことだった。
 
俺はその場に居合わせられればと、激しい怒りと虚無感に包まれた。 
 
そして、その少年の額には傷があったのだという。
 
終わり。

解説

ニュースで死亡を報じられていたのは、語り部が叩きのめした木刀を持った少年。
少年はいじめられっ子で、以前、語り部に助けてもらった際の「強さを見せればいじめられなくなる」というアドバイスに従って、木刀でいじめっ子に仕返ししようとした。
だが、その場面に語り部が通りかかり、叩きのめされてしまった。
木刀で叩かれていた方が、語り部を見て逃げたしたのは、以前、いじめていたときに叩きのめされたから。
この後、木刀を持っていた方の少年は、いじめっ子の報復に合い、悲しい事件が起こってしまった。

 

好き嫌い

僕は昔からソバが嫌いだった。
 
だから年越しソバも、もちろん嫌だった。
なんで、年の最後に嫌いなものを食べないといけないんだろうと、悩んだりもした。
お母さんに食べたくないと言っても、縁起物だからと言われて、無理やり食べさせられたりもした。
 
でも、そんなある年、僕は衝撃的なことを目にする。
大晦日の日にクラスメイトの莉緒ちゃんの家に、行った時のことだった。
 
なんと、莉緒ちゃんの家では年越しにソバじゃなくてらーめんを作って食べるらしい。
それを見て、僕はお母さんに、うちもらーめんにしようと言ってみた。
だけど、他人の家は他人の家、うちはうちと言われて、ダメだと言われてしまった。
 
そして、今まで気にしてなかったのだけど、給食でソバが出た時も莉緒ちゃんは食べていなかった。
 
ズルい。
 
僕だってソバが苦手なのに、我慢して食べている。
なのに莉緒ちゃんは食べなくていいなんて、えこひいきだ。
 
莉緒ちゃんに聞いてみたら、「食べられない」って言われた。
 
なんだよ、それ。
僕だってソバは嫌いだよ。
 
莉緒ちゃんは食べなくてもいいのに、僕はソバを残したら怒られる。
もう嫌だ!
みんな大嫌いだ!
 
僕が公園で泣いていると、一人のおじいちゃんが話しかけてきた。
僕はそのおじいちゃんにソバが嫌いだから残して、いつも怒られることを話した。
 
そしたらおじいちゃんは僕をアイスクリーム屋さんに連れってくれた。
そこでおじいちゃんにアイスクリームを奢ってもらった。
 
すごくビックリした。
こんなに美味しいと思ったのは初めてだ。
 
これならきっと誰でも食べれるはずだ。
 
僕はさっそく莉緒ちゃんを、そのアイスクリーム屋に連れて行って、僕が食べたアイスクリームを食べてもらった。
 
終わり。

解説

莉緒ちゃんはソバが嫌いではなく、ソバアレルギーである。
だから、周りからは怒られたりしない。
そして、語り部の男の子がおじいさんに奢ってもらったのはそば粉を使ったアイスクリーム。
この後、ソバアレルギーの莉緒ちゃんがどうなったかは想像に難くない。

 

マーメイド

俺のじいちゃんは漁師をやっていた。
だから小さい頃からよく、釣りに連れて行ってもらった。
 
その影響か、俺は釣りに没頭するようになり、就職してからも一人で釣りに行っている。

そんな俺が30歳になったとき、じいちゃんが亡くなった。
じいちゃんは俺に遺産として船を残してくれた。
 
一緒に釣りに行ったときに船の操縦の仕方は教えてもらっていたこともあり、俺はすぐに船舶の免許を取って、暇さえあれば海に船で釣りに出かけるようになった。
 
その日も、俺は休日を使って釣りに出掛けた。
いつもとは違い、やはり他の釣り船はない。
 
多少、不安になりつつも俺は船を出した。
 
すると途中で釣舩とは違う、小さなクルーズ船を見つけた。
俺はそのクルーズ船に向って叫んだ。
 
「もうすぐ大シケが来るんで、戻った方がいいですよ!」
 
だが、甲板にいたカップルに無視されてしまった。
まあ、一応、忠告はした。
どうなったとしも俺は知らない。
俺は俺でシケが来る前に釣りを楽しんで帰らなければならない。
俺には時間がないのだ。
 
俺はすぐに船を出発させる。
そして、いつものスポットで釣りを始める。
 
完全に海を舐めていた。
船の操縦にも慣れていたことで、海にも慣れたと錯覚してしまった。
 
その日は入れ食いで釣りに没頭してしまっていた。
気づいたら辺りは暗くなり始め、波も高くなってきている。
 
俺は慌てて釣りを止めて船を出発させた。
だが、船の横側にモロに波をくらい、びっくりするほどあっさりと船が転覆した。
 
一応、救命胴衣を着ていたことが幸いして、沈むようなことはなかったが、何度も波にさらされたことで、完全に混乱して取り乱してしまった。
 
とにかくうっすらと見える島の方へ向かって泳ぐが全然上手くいかない。
 
そのとき、ひと際大きな波が俺を飲み込んだ。
そして、遠のいていく意識の中、俺は確かに見た。
――人魚を。

気が付いたら、俺は岩礁に乗り上げていて助かった。
きっと、人魚が俺を助けてくれたのだと思う。

あとで聞いた話によると、俺の忠告を無視したカップルも船が転覆したということだ。
そして、最悪なことに二人はサメに襲われて亡くなったらしい。

終わり。

解説

語り部が見た人魚は下半身をサメに咥えられた(食べられている)状態の、カップルの女性だった。

 

入れ替え

夫とは大恋愛の末に結婚した。
 
夫は会社を経営していて、常に忙しい。
そんな夫を支えたいと、私は必死に頑張ってきた。
 
プライベートな時間や欲しい物も全部我慢した。
夫のためだと思えば、全然苦じゃなかったからだ。
 
そんな日々が続く中、ようやく夫の会社が軌道に乗り始める。
まだ、夫は忙しそうだが、以前と比べて生活の余裕が出てきた。
 
安心したことで気が緩んでしまったのか、今まで無理をしてきた分が一気にやってくる。
家事の途中で私は倒れてしまったのだ。
 
しばらく入院したのち、家で療養することになった。
半寝たきり状態。
 
夫は「今まで支えてくれた分、今度は俺が支える番だ」と言ってくれた。
 
仕事で疲れているはずなのに、甲斐甲斐しく世話をしてくれる夫。
夫には悪いと思ったが、私は幸せだった。
会社が忙しいときは、あまり私の方を見てくれなかったからだ。
 
だが、それから1年が過ぎようとしていた頃だった。
徐々に夫の態度が変わり始める。
 
以前はできるだけ早く帰ってきて、私の面倒を見てくれたのに、今では深夜に帰ってくることも珍しくない。
理由を聞いても「今は忙しい時期なんだ」の一点張りだ。
 
一人ベッドで過ごす寂しいが過ぎていく中、私はあることに気づく。
 
それは夫から香水の匂いがするということだ。
しかも、いつも同じ匂い。
 
――浮気。
 
その2文字が頭に浮かんだ。
 
最初は夫にかぎってそんなことはないと信じようとしたが、帰りが遅いこと、いつも同じ香水の匂いがすること、そして、私への態度が冷たくなってきていることから、私は浮気だと確信した。
 
そして、それとなく会社のことを夫に聞いた。
すると、最近、親身になって相談を聞いてくれる人が現れたのだという。
その人のおかげで会社も上手くいっていると笑みを浮かべながら言った。
 
きっと、その人が浮気相手なんだろう。
 
疑惑が確信に変わったとき、7年目の結婚記念日が近づく。
毎年、結婚記念日はどこかに外食をして祝っていた。
ただ、今年はお祝いなんてしないだろうと思っていた。
 
だが、夫から「今年は家でお祝いをしよう」と言い出した。
しかも、夫が手料理を作るのだという。
 
確かに夫は料理が上手い。
だけど、今まで夫は忙しくて料理をしていなかった。
最後に夫の手料理を食べたのは5年ほど前になる。
 
何かある。
 
私はそう直感した。
そこで私はネットで盗聴器を購入し、夫の書斎に仕掛ける。
 
すると、案の定、夫のこんな言葉が聞こえてくる。
 
「もう限界だ。終わりにするよ」
「毒を用意した。サラダに仕込む」
「死ねば保険金が下りる。君に渡るようにしてあるから」
「これでずっと一緒にいられる」
 
おそらく、不倫相手と電話で話しているのだろう。
 
会話の中で毒を用意していると言っていた。
やはり、手料理に毒を仕込むのだろう。
 
まさか、結婚記念日に殺されそうになるなんて、結婚前は思いもしなかった。
 
夫に対しての憎悪が膨らむ。
 
そして、結婚記念日当日。
私の前に、夫の手料理が並べられていく。
 
夫はサラダに毒を仕込むと言っていた。
だから、私は夫の目を盗んで、夫のサラダと私のサラダを入れ替えた。
 
ワインで乾杯をし、料理を食べ始める。
 
だが、夫はサラダに手を付けようとしない。
そして、チラチラと私のサラダを見ている。
 
そこで私は夫を安心させるためサラダを食べてみせる。
夫はどこか安堵したような笑みを浮かべた。
 
「食べないの?」
 
私に促されると、夫もサラダを手に取り、食べ始めた。
私のサラダと入れ替えていることも知らずに。
 
いつ、夫に異変があるのかとジッと見ていると、突然、胸が熱くなった。
強烈な吐き気に襲われ、その場に吐く。
 
吐いたものは大量の血だった。
 
――どうして?
 
私のサラダと夫のサラダを入れ替えたはずなのに。
 
私は椅子から転げ落ち、床に倒れこむ。
すると夫がゆっくりと私のところへ歩み寄ってきた。
 
「大丈夫。すぐ行くよ」
 
暗くなる意識の中、夫の言葉が聞こえた。
 
終わり。

解説

「大丈夫。すぐ行く」というのは、「夫も」この後行くという意味。
夫は心中を図っていた。
つまり、毒は語り部のものと夫のものの、どちらにも入っていた。
 
夫の帰りが遅くなっていったのは、純粋に会社の業績が悪く、仕事のため。
そしてその経営不振のため、多額の借金をしていた。
 
語り部が浮気を疑っていたのは、投資家で会社を守るために何度もその人に会いに行っていた。
 
電話の会話の、「もう限界だ。終わりにするよ」は、会社はもうダメだということ。
そして、多額の借金が残るため、自分の人生も終わりにするということ。
また、自分が死ねばほぼ寝たきりの妻は生きていけない。
だから、心中することに決めた。

「死ねば保険金が下りる。君に渡るようにしてあるから」は、心中して下りた保険金を投資家に渡るようにしていた。
このことで、迷惑をかけていた投資家に少しでも補填をしたかったということ。

「これでずっと一緒にいられる」は、あの世に行けば会社のことを考えずに妻とずっと一緒にいられるという意味だった。
 
夫は最後まで語り部である妻を愛していた。

 

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