■本編
来年の春から、俺は大学生になる。
ついに、家を出て、悠々自適の一人暮らし生活の始まりだ。
そんなわけで、コツコツと引っ越しのための荷造りをしていたら、突然、親父が手伝ってくれと言って、部屋に入って来た。
倉庫の片づけ。
俺がいなくなる前に、やっちゃおうという魂胆らしい。
いかにも、親父らしいところだ。
これを逃せば、しばらく親孝行はできないだろう。
ということで、渋々、手伝うことにした。
倉庫の整理を続けていると、ふと、奥の方から大きな箱が出てきた。
開けてみると、中にはひな人形が入っている。
「親父、なんで家にひな人形なんてあるの?」
「あー、母さんが女の子が生まれたら飾りたいから、買うってうるさくてな。捨てようとしたら、睨まれるからそこに置いておいてくれ」
「……俺、女の子がよかったのかな?」
「バカいえ。俺は男の子が欲しかったから、お前でよかったんだよ」
親父はそう言って、俺の頭をガシガシと撫でてくれた。
母さんは時々、どこか余所余所しくなるときがあるが、親父はいつも俺の味方をしてくれる。
俺たちは3時間をかけて、倉庫の中の整理を終わらせた。
そして、ついに家を出る日が来た。
つけっぱなしにしていたテレビを消そうとしたとき、ふと、ある特番の内容が目に入って来た。
10数年前に、行方不明になった子供の特集だった。
「うわ、近いじゃん」
現場が近かったので、つい、釘付けになってしまったのだ。
その男の子が行方不明になったのは3歳の時。
もし、生きていれば、俺と同じ年齢になっているらしい。
誘拐されなければ、友達になってたかもな。
そう思いながら、俺はテレビの電源を切った。
終わり。
■解説
母親は「女の子が生まれたら、ひな人形を買う」と言っている。
だが、既に倉庫の中にあるということは、この家に「女の子がいた」ということである。
そして、父親の「男の子が欲しかった」「お前でよかった」というセリフ。
もしかすると、この両親の本当の子供である女の子はなんらかの原因で死んでしまい、その心の隙間を埋めるために、語り部の男の子を攫ってきたのかもしれない。