物を大切に

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本編

物は大切に。
俺は小さい頃から両親や祖父にそう言い聞かされて育った。
 
出された料理は全部食べるのは当たり前で、茶碗に米粒一つだって残さない。
服だって着れなくなるまでちゃんと着るし、車だって故障して動かなくなるまで乗る。
消しゴムやボールペンだってそうだ。
最後までちっきりと使い切る。
 
前に、家の中で電池を落としてしまい、全然見つからなかった時があった。
友達には「買ったほうが早い」なんて言われたけど、俺は執念で2時間かけて探しだしたほどだ。
 
まあ、そのせいで周りからはかなり変人と思われているが。
 
ある日、俺はボールペンを買おうと思い、文房具屋へと向かった。
だが、その途中で、いきなり後ろから羽交い絞めにされ、無理やり車に押し込められた。
目隠しをされ、1時間ほど車が走った後、俺は狭い部屋に押し込められる。
 
そこは倉庫のようで、壁や床がすべてコンクリートで部屋の中には一切の物がないように思える。
 
というのも、部屋には窓すらなく、電気がついていないので手探りでいろいろと調べてみたのである。
本当に何もない部屋だ。
 
なんのために俺をこんな部屋に閉じ込めたのか。
理由は何となくわかっている。
それは目隠しされる前に、チラッと相手の顔を見たからだ。
同じ会社だった営業のS。
 
以前、Sが親せきの会社と不正に取引をしているのを見つけ、会社に告発した。
必要のない部品を買い取っていたのだ。
 
何が許せないかって、仕入れたその部品をすべてそのまま廃棄していたところだ。
物を大量に無駄にしている。
それが本当に許せなかった。
 
俺の告発でSは会社をクビになった。
おそらく、その報復だろう。
 
きっと俺を死ぬまでこの部屋から出さない気だろう。
 
俺が死ぬ前にここに助けに来る確率はほぼ0だ。
高確率で俺は助からない。
 
だけど、このままやられっぱなしで終わる気はない。
最後の悪あがきとして床にSの名前を書き、その上で死んでやる。
そうすればSは捕まるはずだ。
 
俺はポケットからボールペンを取り出し、床に書いた。
そして、それを覆うようにして倒れ込んだ。
 
終わり。

■解説

語り部は「ボールペンを買いに行く途中」で拉致されている。
そして、語り部はボールペンも最後まで使う性格である。
つまり、今、語り部が持っているボールペンはインクが切れているはず。
インクの切れたボールペンでコンクリートの床にSの名前を書いても、誰にも気づかれない可能性が高い。
さらに、部屋の中は真っ暗なのでそのことに語り部が気づくこともないのである。

 

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