楽なバイト

意味が分かると怖い話

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本編

楽なのに給料が良いバイトってあるでしょ?
観光地によくある、観光シーズンだけの短期のバイト。
 
あれだよ。
一晩中、特定の場所を見張ってるってやつ。
 
まあ、時間は長いっちゃ長い。
なんせ一晩中だからね。
でも、昼夜逆転してる俺にとって、それは全然苦じゃなかった。
逆に、俺にピッタリなんじゃないかって思う。
 
大学の夏休み前に募集を見つけたときは募集の締め切りがギリギリだった。
それでもダメ元で応募したら見事受かったってわけだ。
 
「なんかあったら、この電話で知らせてくれればいいから」
「あの、番号は……?」
「ああ、これ、管理部屋に直通するから。電話があれば、すぐにじいちゃんが飛んでくるから。ね?」
 
説明してくれているのは俺よりも少し年上っぽいガタイのいいお兄さんだった。
その後ろには頼りなさそうな、ボーっとしたおじいちゃんが立っている。
 
「あと、別に一晩中、ずーっと見てなきゃなんないってわけじゃないから」
「そうなんですか?」
「うん。だって、なんもないところをジッと見てるなんて眠くなるでしょ?」
「ははは。そうですね」
「だから、基本はチラチラ見てくれるくらいでいいよ。本とかゲームとかやりながらでいいから」
「ホントですか!?」
「あはははは。随分食いつくね。でも、熱中しすぎないでね。一応は、見張るのが仕事だからさ」
「あ、はい。そうですね。すいません」
「いいよいいよ。俺も逆の立場なら、そんなリアクションになると思うし」
 
話がわかる人でよかった。
これなら2週間は楽しく過ごせそうだ。
 
「集中しすぎないために、音が出るやつは避けた方がいいかな。音で気づくこともあるし」
「なるほどです。じゃあ、テレビは止めた方がいいですね」
「うん。あと、ゲームするなら、音を切っておいた方がいいかな」
「わかりました」
「部屋にあるものは適当に使っていいから。冷蔵庫の飲み物もご自由に」
 
そう言って笑うお兄さんに、俺はずっと気になってたことこを聞いてみることにする。
 
「あの……こんなこと言うのもなんですけど、やっぱり、その……出るんですか?」
「出る? ……ああ! 幽霊ってこと? あはは。やっぱり気になる?」
「え、ええ。まあ」
「わかるわかる。このバイト、結構、給料良いからね。なにかあるじゃないかって思うよね」
「えっと、あの……はい」
「大丈夫。心配しなくていいよ。ここ3年間は一度も電話がかかってきたことないらしいから」
「そうなんですか?」
「うん。間違いないよ。ね?」
 
これで最大の懸念が解消された。
俺はホッと胸を撫で下ろした。
 
「それじゃ、適当でいいから頑張ってね」
「はい、ありがとうございます」
 
お兄さんが手を振って部屋を出て行こうとする。
 
「じいちゃん行くよー」
 
おじいさんに声を掛けるが、気づいていないようだった。
 
「じいちゃん、ほら」
 
お兄さんがおじいさんの肩をポンと叩く。
すると、ハッとしたようにおじいさんがこっちを見る。
 
「それじゃよろしくお願いします」

 ぺこりと丁寧にお辞儀をしてくれる。
 
「はい。こちらこそよろしくお願いいたします」
 
そして、お兄さんとおじいさんが部屋から出て行った。
 
「さてと。まずは何しようかな」
 
俺はさっそく持ち込んだゲームソフトを出して、吟味を始めた。
 
終わり。

■解説

おじいさんは、お兄さんが声を掛けても反応しなかった。
肩を叩いて、初めて語り部の方を向いている。
また、たまにお兄さんがおじいさんに話を振っているがその反応もない。
以上のことから、おじいさんは「耳が遠い」可能性が極めて高い。
 
そして、「何かあった場合」は「おじいさんへの直通の電話」で知らせることになっている。
もし、語り部に何かがあって、電話をしたとしてもおじいさんは気づかない可能性の方が高い。
現に、3年間は電話がかかってきていないと言っている。
 
さらに「3年間」は電話がかかってきていないということは、逆に言うと3年前は「電話がかかってきていた」ということになる。
(3年前までは耳が遠くなかった)
何かが起こる可能性は十分にあるということだ。
 
また、こんなに割のいいバイトなのに、締め切りギリギリまで決まっていないと言うのも不思議である。
何事もなく無事に終わっているのなら、去年、このバイトをした人が続けて応募するのではないだろうか。

 

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