■本編
ここはどこにでもあるような、普通のバー。
時刻はもう12時を回り、客もほとんどいないというか1人だけだ。
平日ということもあるが、最近は夜の人出はめっきり減ってしまった。
考えてみると、私自身もあまり出歩かなくなったことに気づく。
そのせいかわからないが、随分とストレスが溜まってきている気がする。
どうしても酒の量が多くなってしまう。
帰って飲むか。
そう思っていると、目の前にウィスキーが入ったグラスが置かれた。
見るとなんとも人の好さそうな初老の男性が微笑んでいる。
「私からの奢りです」
「いえいえ! いいですよ、そんな!」
「いいじゃないですか。お酒は誰かと一緒に飲んだ方が美味しいですから」
「では……お言葉に甘えて」
私は目の前のウィスキーをグッと煽った。
「ふふ。いい飲みっぷりですね。気に入りました。今日は全部、私の奢りということで」
「いえいえいえ! いけませんよ、そんなことは!」
「その代わり、話に付き合ってください。今日は語り合いたい気分でして」
それからは、その男性と楽しいお酒を飲んだ。
彼はかなりお酒が強いみたいで、飲み続けているのに全く酔っている気配がない。
「いやあ、あなたが男性で良かったです」
「え? どういうことですか?」
「ほら、もし、女性だったら何か下心があると思われてしまうでしょう? でも、男同士なら気兼ねなく、お酒を勧められます」
彼が笑みを浮かべながらウィスキーを飲む。
本当に楽しそうにお酒を飲む人だ。
私も、ついつい、彼につられて酒が進んでしまう。
気が付くと、朝になっていた。
いつの間にか酔いつぶれていたらしい。
周りを見渡すが、当然のように彼の姿はない。
そして、私のすぐ横に、一枚のメモが置かれていた。
『ご馳走様でした』
――やられた。
私は大きく、ため息をついた。
■解説
バーの中にはお客は「1人だけ」というところから、客は「初老の男性」である。
つまり、語り部の男性はバーの「マスター」ということになる。
客からお酒を勧められて、飲んでしまい、酔いつぶれてしまったことにより、初老の男性に飲み逃げされてしまった。