〈前の話へ:見えない誰か〉 〈次の話へ:俺の人生はゲームだったのかもしれない〉
オレの会社はまあまあブラックだと思う。
よく休日出勤もあるし、毎日、ほぼ終電で帰っている。
さすが始発で出勤とか、会社に泊まるなんてことはないけど、毎日終電は本当にキツイ。
精神が摩耗していく。
とはいえ、仕事自体は嫌いじゃないし、給料だって高くはないけど、低賃金で酷使されているってほどでもない。
せめてどちらかが最悪なら、転職できたのに、まなじその2つが悪くないからなかなか重い腰が上がらないのだ。
よくニュースやネットで、ブラックなら辞めればいいのに、なんて聞くけど、案外、俺みたいな人間は多いかもしれない。
辞めたくても辞めれないじゃなくて、辞めるほどでもないって状況だ。
あともう一つ、転職に二の足を踏んでいるのは、人間関係が良好なところもある。
先輩も同僚も、気が合う人ばかりで、なんだかんだハードな毎日でも乗り越えられている。
もし、これで転職して、転職先の会社の人間関係が終わってたら目も当てられない。
そう考えると、案外、今の会社は居心地がいいと言える。
逆に言うと働く時間、というかタスク量が減れば言うことがないんだけども。
なかなかそうはいかないのが世の中らしい。
何かしら我慢することはあるのが、社会なのかもしれない。
仕事中もなんだかんだ、雑談で盛り上がることも多い。
最近のブームは怪談話だ。
作業をしながら、階段を話すという、なかなか器用なことをやっている。
みんな、怪談話は聞いた話をすることがほとんどだけど、この前先輩がしてくれたのは実体験の話だった。
自分が降りる駅の1つ前の駅をずっとループする、という話だ。
みんなは地味だって笑ってたけど、先輩は「実際、自分で体験すると怖いんだって!」と熱弁していた。
実際、自分も地味だと思ったけど、確かにそういう怪異現象に巻き込まれたら洒落にならないかもしれない。
とにかく、こんな馬鹿みたいなことで盛り上がりながら、楽しく仕事をしている。
もしかすると、こんなことをしているからいつも仕事が長引くのかもしれないけれど。
ただ、もくもくと作業をする方が苦痛だから、これは仕方ない。
そして、今日ももちろん終電に駆け込む。
晩御飯は会社で食べたから、帰ったらすぐに寝るだけだ。
なんて考えていると、ふと、目の前の席が空いた。
いつもは絶対に座れないのに、なんと乗ってすぐ座ることができたのは、かなりラッキーだ。
でも、少し気になったのが、降りて行った人がいつもオレと同じ駅で降りる人だったことが。
毎日、同じ時間の同じ車両に乗っていて、同じ人がいれば何となく記憶に残る。
それが同じ駅で降りるなら尚更だ。
なんか用事でもあったのだろうか。
でも、これは終電だからちょっと用事があって降りたとしても、次の電車はないはず。
降りてしまって大丈夫だったのだろうか。
なんて、名前も知らない人のことを心配するというのも馬鹿らしく思い、オレはスマホを操作し始めた。
けど、オレはかなり疲れていたせいであっさりと寝落ちしてしまった。
いつもはずっと立って帰っていたのに、なまじ座れたもんだから気が抜けたのかもしれない。
それに、毎日、ハードな生活をしていたから疲れがピークに達していたんだと思う。
そして、俺は盛大に駅を乗り過ごした。
驚くべきことに2時間も寝ていた。
座った状態で、ここまで熟睡できたということは本当に、ヤバいくらい疲れてたんだろう。
そして、聞こえてきたのは車内アナウンスだ。
次は終点って言っている。
最悪だ。
これは終電だから、逆方向に行く電車で戻ることもできない。
タクシーを使うか、どこかに泊まるか。
どちらにしても、かなりの出費だ。
そうしているうちに、電車が停まり、ドアが開いた。
そこでオレはようやくある異変というか、違和感に気付く。
まず、人が多い。
朝のギュウギュウ詰めというほどじゃないけど、割と混んでる。
もちろん、席は全部埋まっているし、その前の吊革に掴まって立っている人も多い。
だいたい、8割くらい埋まっている状態だ。
こんなことってあるんだろうか?
終点なのに、こんなに人って残るものなんだろうか。
100歩譲って、それはいいとする。
もう一つの違和感の方はかなり致命的だ。
それは――誰も降りない。
電車はとっくに停まっていて、ドアも開いている。
それなのに、誰一人出ようとしない。
寝ている人、スマホに夢中になっている人や、おしゃべりをしている人、吊革に掴まったまま、ボーっと立っている人など様々だが、みんな降りようとしないのだ。
その状態で10分が経過した。
あれから車内放送も流れないし、駅員も来ない。
普通、終点に停まれば、人が残ってないか駅員が見回りにくるはずだ。
というより、そもそも、放送で「降りてください」と流れてもおかしくない。
それなのに、まったく状況が変わらない。
まるで時間が止まったかのように。
いや、動いてはいるのだ。
みんな、止まっているわけじゃない。
単に電車から降りないだけ。
別にみんなが降りなくても、オレは降りればいいだけだ。
けれど、みんなが降りないという状況の中で、オレ一人が降りるというのも、なんだか怖い。
そこでオレは何気なく、前に立っているサラリーマン風の人に声をかけた。
「あの、降りないんですか? 終点ですよね、ここ」
そしたら、その人は驚いたような顔をして、こう言った。
「え? 降りるんですか?」
話しかけるんじゃなかった。
余計、降りるのが怖くなった。
そうこうしているうちにさらに5分が過ぎた。
あれ?
まだ5分しか経ってないのか?
なんか時間感覚もおかしい気がする。
窓から見える、駅の構内は明かりが1つもない。
真っ暗で何も見えないし、妙に静まり返っているようにも思える。
なぜなら、電車内で話している人の声しか聞こえないからだ。
外から音が全く入って来ていない。
いくら終電だからって、まだ客が乗っているのに、駅を閉めるなんてことはないはずだ。
いや、そんなことよりも、オレはどうするべきなんだ?
降りた方がいいんだろうか?
それとも、残り続けるべきなんだろうか?

