本編
「あ、いたいた。タカシ―!」
「ダイちゃん。どうしたの? そんなに息切らせて」
「お前を探してたんだよ。教室に行ってもいねーからさ」
「今日は掃除当番じゃないからね。ホームルーム終わったら、すぐ出てきたんだ」
「そっか。それで、相談なんだけどさ、明日、俺の誕生日だろ? だから……」
「あれでしょ? お肉安く買えないかっていうんでしょ?」
「え? よくわかったな」
「毎年頼まれてるからね。そりゃわかるよ」
「毎年頼んでたっけ?」
「たぶん、大丈夫だと思うけど、お父さんに言っておくよ」
「サンキュー。いやー、お前んちが精肉店でよかったよ。すげーいっぱい肉の種類あるし」
「お父さんも、ダイちゃんのところは常連だって喜んでたよ。お互い様だね」
「えへへ。まあ、買ってるのは母ちゃんだけどな」
「あはは。売ってるのはお父さんだけどね」
「ま、俺たちにはあんま、関係ない話か」
「だね」
「肉の話してたら、腹減ってきた。帰りにどっか寄ってかね?」
「あー、ごめん。ちょっと、この後、用事があってさ」
「用事? そういえば、お前、最近、急いで帰ってるな。なんかあったのか?」
「あー……。いや、別に」
「なんだよー。言えよ。親友だろ? 隠し事はなしだ」
「うー。わかったよ。えっとね、ちょっとあることを、あるおじさんに教えてもらってて」
「なんだよ、習い事か?」
「まあ、そんな感じかな」
「なんの習い事だ? スポーツ系?」
「スポーツってわけじゃないけど、身体は動かすかな」
「なんだそりゃ? ハッキリ言えよ」
「いやー……。ちょっとさ。なんていうか、その……」
「なんだよ。地味な習い事か? 卓球とか?」
「卓球部に怒られるよ」
「あ、わかった。カルタだ! この前のお正月にやって、お前、面白いって言ってたもんな」
「違うよ」
「もう! 言っちゃえよ。気になって眠れなくなる」
「んー。まあ、いいか。誰にも言わないでね」
「おう」
「実はさ、肉の捌き方を教えてもらってるんだ」
「へー。そりゃ、マニアックだな。将来のためか?」
「どうだろ。前から興味はあったんだけどね」
「そっか。まあ、変わった習い事だけど、いいんじゃねーか。楽しいなら」
「うん。すごく楽しいよ」
「俺も何か習い事しようかな」
「あ、そうだ。ダイちゃん。今度、付き合ってもらっていい?」
「習い事に?」
「うん」
「まあ、いいけど」
「ありがとう! じゃあ、準備しておくね」
「俺はなんか用意するもんある?」
「いや、大丈夫。じゃあ、僕、こっちだから」
「そっか。じゃあ、また明日な」
「うん。また明日」
終わり。
■解説
タカシの家は精肉店である。
普通の肉を捌くのであれば父親に習えばいい。
だが、タカシは父親ではなく、あるおじさんに習っている。
それは、普通の肉ではないものを捌いているからである。
もしかすると、タカシは『人間』の肉の捌き方を教わっているのかもしれない。
そして、タカシはダイちゃんに『付き合って欲しい』と言っている。
つまり、タカシはダイちゃんを捌こうとしている可能性が高い。