■本編
ある小さな村に男が引っ越してきた。
都会での生活に疲れ、田舎でのんびり過ごそうと思い、やってきたのだ。
村の人たちはその男を歓迎した。
歓迎会を開いてくれ、色々と村の施設のことも丁寧に教えてくれる。
しかも、この村では住民税が取られないのだという。
村の人たちもいい人ばかりで、みんな仲が良く、男はこの村に引っ越して来てよかったと、心底思った。
だが、そんなある日のこと。
男は村にある、全ての家に札のようなものが貼ってあることに気づいた。
何のためにこのような札を貼っているのかを村人に問いかけてみると、その札は魔除けだけではなく幸運を運ぶ札なのだという。
この村の山には鬼が住んでいて、1年に一度、村に降りてきて人間を攫っていくと話してくれた。
男はそんなわけがないと笑ったが、村人はある家を指差して、札を貼っていない家の人間が一晩で消えてしまったと言った。
逆に立派な札を貼っている家は繁栄するというのだという。
それでも半信半疑な男は、毎日のように山に入っては鬼の痕跡を探してみた。
しかし、そんなものは見つけることができなかった。
所詮は村の伝承かと思っていると、家に村長がやってくる。
もうすぐ年が明ける。
鬼が村に降りてくる時期だから、お札を家に貼った方がいいというのだ。
しかも、そのお札の値段が100万だという。
ぼったくりだと怒る男に、村長は禁忌の山に入ったことで鬼の怒りを買った、鬼に狙われる可能性が高いので、いい札なのだと説明した。
冗談じゃないと、男は村長を追い返した。
鬼なんかいるわけがない。
男は札を貼らずに、新年を迎えた。
だが、男はその日以降、行方不明になった。
警察が調査に乗り出し、村人に話を聞くと、村人は全員、口をそろえて言った。
「鬼に連れ攫われた」
と。
終わり。
■解説
鬼というのは村人のこと。
村では税を取らない代わりにお札でお金を集めていた。
払わない人間には制裁の意味で、村人たちが攫って山に埋められてしまう。