■本編
私は小さい頃からの夢である、公務員になった。
この不景気の中、市役所員は安定、安心だ。
あとは、将来の旦那様が見つかれば言うことなしなんだけど。
それはそうと、私には今、ちょっとした悩みがある。
私が担当している区間に、ある屋敷があって、その屋敷に対して毎日のように苦情が来ているのだ。
簡単に言ってしまうと、ゴミ屋敷ってやつ。
役所に「なんとかしてくれ」と言われても、本人の了承を得ないと、何もできない。
今日も、「いつになったら、あの家をなんとかするんだ!」という苦情を何度も受ける。
本当なら、「直接本人に言ってください」と言いたいところだけど、そういうわけにもいかないよね。
それに、そもそも、その屋敷の主人はほとんど人前に現れないから、文句の言いようもない。
あまりにも苦情ばかり言われるので、正直、最近では市役所員になったことを若干、後悔するくらいだ。
だけど、そんなある日、転機を迎える。
なんと、ゴミ屋敷の主人から電話がかかってきたのだ。
「そろそろ、家のゴミをなんとかしたいんだけど、相談に乗ってもらえないだろうか?」
私は「すぐに行きます」と答えて、電話を切り、ゴミ屋敷に向かった。
「なんだか、急に馬鹿馬鹿しくなりましてね」
そう言って、恥ずかしそうに笑う屋敷の主人を見て、「こんなに物腰が柔らかい人だったかな?」と私は思った。
確か、最後に会ったのは、5年前。
新人として入って来た私を連れて、先輩が顔見せということで、このゴミ屋敷に案内してくれたのだ。
まあ、そのときはインターフォン越しに「帰れ」の一点張りで、取りつく島もなかったけど。
とにかく、今回のことは千載一遇のチャンスだ。
屋敷の主人の気が変わらないうちに、さっさとゴミを撤去するに限る。
私はすぐに業者に連絡し、手配した。
課長が上に掛け合ってくれて、その業者代金は市で持つこととなった。
明日、業者が来て、一気に片づけをしてくれる段取りをつける。
これで、もう苦情を受けることもなくなると思うと、明日が楽しみに出ならなかった。
だが、結局、私が手配した業者は無意味になってしまう。
なぜなら、その夜、そのゴミ屋敷が火事になってしまったからだ。
ゴミに引火してから、物凄い勢いで炎が燃え広がり、消し止めたときには、屋敷自体が全焼していた。
私は不謹慎にも、せめて片付け終わってからにしてほしかったと思う。
長年苦情を受け続けたあの屋敷の問題をちゃんと、私の手で解決したかったのだ。
けどまあ、こんなことを思うのは不謹慎だし、意味がない。
切り替えていこう。
そう思っていると、火事の現場から新たな問題が出てきたのだ。
それはバラバラにされた男性の遺体が見つかったというものだった。
終わり。
■解説
一見すると、ゴミ屋敷の主人が人を殺し、それをバラバラにしてゴミに混ぜて処分しようとしたように見える。
だが、それは本当に、犯人がゴミ屋敷の『主人』だったのだろうか?
ゴミ屋敷の主人は人前に姿を現さないということと、語り部が5年前に会いに行ったときと今回で性格が全然違うように感じられる。
もしかすると、殺されてバラバラにされたのが『ゴミ屋敷の主人』で、犯人はその家を乗っ取ろうとした何者なのかもしれない。