■本編
男には大切な家族がいた。
周りにも、男は「家族は自分の命よりも大切だ」といつも言っている。
もちろん、周りの人間は、男が家族を心底愛し、大切にしていることはわかっていた。
だが、そんなあるとき、男の一人息子が病に侵されてしまう。
その病を治す方法はなく、死を待つばかりとなってしまった。
男は日々、泣き続けた。
「どうせなら自分がなればよかったのに」と周りの人に語る男。
そんな男の前に悪魔が現れた。
「お前の一番大切な者の命を差し出せば、息子は助けてやる」
悪魔は男に対して、そう条件を出してきた。
数日後。
男の息子は死んでしまった。
終わり。
■解説
この話には2つのパターンが考えられる。
1つは、男には隠し子がいて、「隠し子である息子」が助かり、語り部が大切に思っていた息子の方の命が取られてしまったパターン。
もう1つは、隠し子がいないパターン。
その場合、息子は助けたが、「一番大切な者の命」を取る際に、息子が死んでしまった、とも考えられるが、「息子は助けてやる」という言葉が嘘になる。
つまり、この場合、矛盾が起きてしまうので、「一番大切な者=息子」ではない。
では、一番大切な者とは誰のことだろうか。
それは語り部自身。
つまり、悪魔は語り部の命を差し出せと言っていたのだ。
語り部は自分が死ぬのが嫌だったので、「悪魔の条件」を断ったのである。
どんなに周りに「自分の命よりも家族が大切」だと言っていても、やはり本心では自分の命が一番大切だったということである。