■本編
森林浴は心が落ち着く。
だから俺は休みの日になると、森に出かけて行って森の中を散歩する。
ただ、いくら森林浴が好きだとといっても、それは晴天で空気が澄んでいるときじゃないと意味がない。
どんよりと曇った、薄暗い日なんかは森の中は逆に不気味な雰囲気へと変わる。
この日も、ちょうどそんな薄暗い日だった。
梅雨で雨の日が続き、ちょっとした晴れ間が出たから、森林浴に来てはみたがすぐにどんよりと曇ってしまった。
すぐにでも雨が降ってきそうだ。
今日はもう帰ろう。
そう思って森を出ようとしたとき、奥から「助けて!」という叫び声が聞こえた。
声がした方向にいくと、そこには井戸があり、その淵で10歳くらいの女の子が必死にもがいていた。
女の子の腕を白いスラッとした女性の手が掴んでいる。
母親でも落ちそうになっているのだろうか。
俺はすぐに駆け寄り、その手を引き上げた。
女の子は笑顔で「本当にありがとうございました。これでもう大丈夫そうです」と頭を下げてお礼を言ってくる。
俺は「気にしないでいいよ。困ったときはお互い様だからね」と返す。
女の子はもう一度頭を下げて、行ってしまった。
今日は曇りだったが、良いことをしたことで、俺の心は晴れやかになったのだった。
終わり。
■解説
語り部が助けた女の子は、『女の子一人だけ』で帰ってしまっている。
『助けたはず』の女性はどこに行ったのだろうか。
そして、女の子が言った「ありがとうございました」というのは何を指しているのか?
それは、女の子は女性の幽霊に憑りつかれ、井戸に引きずり込まれるところを、語り部に助けられたことで、今度は、幽霊は語り部に憑りついたのである。