ひな人形
来年の春から、俺は大学生になる。
ついに、家を出て、悠々自適の一人暮らし生活の始まりだ。
そんなわけで、コツコツと引っ越しのための荷造りをしていたら、突然、親父が手伝ってくれと言って、部屋に入って来た。
倉庫の片づけ。
俺がいなくなる前に、やっちゃおうという魂胆らしい。
いかにも、親父らしいところだ。
これを逃せば、しばらく親孝行はできないだろう。
ということで、渋々、手伝うことにした。
倉庫の整理を続けていると、ふと、奥の方から大きな箱が出てきた。
開けてみると、中にはひな人形が入っている。
「親父、なんで家にひな人形なんてあるの?」
「あー、母さんが女の子が生まれたら飾りたいから、買うってうるさくてな。捨てようとしたら、睨まれるからそこに置いておいてくれ」
「……俺、女の子がよかったのかな?」
「バカいえ。俺は男の子が欲しかったから、お前でよかったんだよ」
親父はそう言って、俺の頭をガシガシと撫でてくれた。
母さんは時々、どこか余所余所しくなるときがあるが、親父はいつも俺の味方をしてくれる。
俺たちは3時間をかけて、倉庫の中の整理を終わらせた。
そして、ついに家を出る日が来た。
つけっぱなしにしていたテレビを消そうとしたとき、ふと、ある特番の内容が目に入って来た。
10数年前に、行方不明になった子供の特集だった。
「うわ、近いじゃん」
現場が近かったので、つい、釘付けになってしまったのだ。
その男の子が行方不明になったのは3歳の時。
もし、生きていれば、俺と同じ年齢になっているらしい。
誘拐されなければ、友達になってたかもな。
そう思いながら、俺はテレビの電源を切った。
終わり。
■解説
母親は「女の子が生まれたら、ひな人形を買う」と言っている。
だが、既に倉庫の中にあるということは、この家に「女の子がいた」ということである。
そして、父親の「男の子が欲しかった」「お前でよかった」というセリフ。
もしかすると、この両親の本当の子供である女の子はなんらかの原因で死んでしまい、その心の隙間を埋めるために、語り部の男の子を攫ってきたのかもしれない。
呪いのアプリ
男は仕事の人間関係で悩んでいた。
直属の上司が、疑心暗鬼が強く、一部の部下以外の人間を信じようとしなかった。
男は上司に取り入るために、上司をよいしょしたり、飲みに誘ったり、上司の好きなものを差し入れたりなど、色々と策を弄した。
だが、それが報われることはなかった。
どんなに完璧に仕事をこなしても疑われてしまう。
そのせいで、男は何度も昇進を逃している。
そんなこともあり、いつしか男はその上司を恨むようになっていった。
そんなある日。
会社で使っているメールに、あるメールが届いた。
中を開いて見ると、『呪いのアプリ』という、怪しいアプリを紹介するものだった。
嘘くさいと思いながらも、男は思わず、URLを開いてしまう。
そこには相手のイニシャル、相手の年齢、相手とのエピソード、相手をどう呪い殺したいか、などの入力項目があった。
男は自分の名前を書き込むわけではないことと、相手の名前もイニシャルしか書かなくていいということもあり、つい、入力してしまった。
書いているうちに、今までの愚痴が飛び出してしまい、夢中になって書き込む男。
そして、全てを書き終えて、送信する。
胡散臭いと思いつつも、男は上司が呪われないか期待しながら、上司を観察するようになる。
呪いがかかっていると考えると、上司と接することも苦ではなかった。
そして、次の日。
男は他部署に左遷された。
終わり。
■解説
会社のメールに届くということは、男のメールアドレスを知っている人間が送ったということになる。
ということは、会社の人間である可能性もある。
男が他部署に左遷されたことから、この呪いアプリは上司やその部下が作った可能性が高い。
男が上司に対して、色々と取り入ろうとしているのを、信じていいのか疑心暗鬼になり、このようなアプリに入力させて、様子を見たということかもしれない。
絶望
彼女は僕の全てだった。
彼女が望むことはどんなことをしてでも叶えたし、欲しがったものは奪ってでも手に入れた。
もちろん、法に触れることも随分とやった。
でも、後悔はしてない。
これからもすることはないだろう。
そこまで僕は彼女に全てを捧げてきた。
だが、そんな僕に彼女は「別れて欲しい」と言ってきた。
なんでも、好きな人ができたらしい。
僕は受け入れた。
だって、彼女の幸せが僕の幸せだから。
僕はある滝にやってきた。
彼女に告白した、思い出の場所だ。
そこで彼女と過ごした日々を思い出す。
僕は彼女を幸せにできなかった。
でも、来世では絶対に彼女を幸せにしてみせると誓う。
そう決意して、僕は滝へと飛び降りた。
一秒でも早く彼女と会うために。
終わり。
■解説
語り部は既に彼女を殺し、後追い自殺をした。
ゴミ屋敷の主人
私は小さい頃からの夢である、公務員になった。
この不景気の中、市役所員は安定、安心だ。
あとは、将来の旦那様が見つかれば言うことなしなんだけど。
それはそうと、私には今、ちょっとした悩みがある。
私が担当している区間に、ある屋敷があって、その屋敷に対して毎日のように苦情が来ているのだ。
簡単に言ってしまうと、ゴミ屋敷ってやつ。
役所に「なんとかしてくれ」と言われても、本人の了承を得ないと、何もできない。
今日も、「いつになったら、あの家をなんとかするんだ!」という苦情を何度も受ける。
本当なら、「直接本人に言ってください」と言いたいところだけど、そういうわけにもいかないよね。
それに、そもそも、その屋敷の主人はほとんど人前に現れないから、文句の言いようもない。
あまりにも苦情ばかり言われるので、正直、最近では市役所員になったことを若干、後悔するくらいだ。
だけど、そんなある日、転機を迎える。
なんと、ゴミ屋敷の主人から電話がかかってきたのだ。
「そろそろ、家のゴミをなんとかしたいんだけど、相談に乗ってもらえないだろうか?」
私は「すぐに行きます」と答えて、電話を切り、ゴミ屋敷に向かった。
「なんだか、急に馬鹿馬鹿しくなりましてね」
そう言って、恥ずかしそうに笑う屋敷の主人を見て、「こんなに物腰が柔らかい人だったかな?」と私は思った。
確か、最後に会ったのは、5年前。
新人として入って来た私を連れて、先輩が顔見せということで、このゴミ屋敷に案内してくれたのだ。
まあ、そのときはインターフォン越しに「帰れ」の一点張りで、取りつく島もなかったけど。
とにかく、今回のことは千載一遇のチャンスだ。
屋敷の主人の気が変わらないうちに、さっさとゴミを撤去するに限る。
私はすぐに業者に連絡し、手配した。
課長が上に掛け合ってくれて、その業者代金は市で持つこととなった。
明日、業者が来て、一気に片づけをしてくれる段取りをつける。
これで、もう苦情を受けることもなくなると思うと、明日が楽しみに出ならなかった。
だが、結局、私が手配した業者は無意味になってしまう。
なぜなら、その夜、そのゴミ屋敷が火事になってしまったからだ。
ゴミに引火してから、物凄い勢いで炎が燃え広がり、消し止めたときには、屋敷自体が全焼していた。
私は不謹慎にも、せめて片付け終わってからにしてほしかったと思う。
長年苦情を受け続けたあの屋敷の問題をちゃんと、私の手で解決したかったのだ。
けどまあ、こんなことを思うのは不謹慎だし、意味がない。
切り替えていこう。
そう思っていると、火事の現場から新たな問題が出てきたのだ。
それはバラバラにされた男性の遺体が見つかったというものだった。
終わり。
■解説
一見すると、ゴミ屋敷の主人が人を殺し、それをバラバラにしてゴミに混ぜて処分しようとしたように見える。
だが、それは本当に、犯人がゴミ屋敷の『主人』だったのだろうか?
ゴミ屋敷の主人は人前に姿を現さないということと、語り部が5年前に会いに行ったときと今回で性格が全然違うように感じられる。
もしかすると、殺されてバラバラにされたのが『ゴミ屋敷の主人』で、犯人はその家を乗っ取ろうとした何者なのかもしれない。
森の中の井戸
私が通っている高校の裏にちょっとした森がある。
その森の中には古い井戸が残っていて、その井戸には女の霊が出るという噂があった。
そして、その井戸は学生の中で『縁結びの井戸』と呼ばれている。
なんで、霊が出るような物騒な井戸が、縁結びの井戸なんて名前で呼ばれるかというと、肝試しに行った男女が、その後、付き合うことが多いという噂があるからだ。
それはきっと、霊が気を利かせてそういうことをしているのではなく、単なる肝試しの怖さによるつり橋効果なのだろうと、みんな言っている。
それでも、やっぱり、不思議な力にあやかりたいと思うのは乙女心というものだろう。
特に恋愛に絡むことなら尚更だ。
夏休みになると、クラスで恒例の肝試し大会が開かれる。
クラスのほとんどが集まるので、片思いの男の子と仲良くなる絶好の機会なのだ。
クジでカップルを決め、順番に肝試しに行く。
私は幸運なことに、Yくんと一緒になった。
私は内心、ガッツポーズを決めた。
ここで仲良くなれれば、夏祭りにも誘える。
上手くいけば、夏休み中に付き合うまで進むこともできるかもしれない。
そんなことを考えていると、私たちの番になった。
「幽霊なんて、嘘くさいよなー」
隣を歩くYくんが手を頭の後ろで組みながら気の抜けたことを言う。
そんなYくんの雰囲気のせいで、すっかり怖い雰囲気がなくなってしまった。
私はYくんと他愛のない話をしながら進んでいく。
これはこれでいいなと、私は思った。
だけど、こんな和やかな雰囲気は一気に吹き飛んでしまう。
それはちょうど、井戸に着いた時だった。
突然、井戸の中からぬーっと白い腕が出てくる。
そして――。
「たすけて……」
確かに女の声だった。
私とYくんは叫び声をあげて、その場から走り出した。
まさか、本当に出るなんて!
私の頭は真っ白になった。
全速力で走っていると、突然、隣のYくんが立ち止まった。
「……Yくん? どうしたの?」
「さっきの声さ、Tさんじゃない?」
「え?」
Tというのは、クラスでも人気のある女の子で、私たちより前に出発している。
「絶対、Tさんだよ! きっと井戸に落ちて助けを求めてたんだ!」
Yくんはそう言うと、井戸の方に走って戻っていってしまった。
だけど、正直、私は戻る気力はなくなっていた。
霊かもしれない井戸に戻って助けたいってほどTさんと仲いいわけじゃない。
それに、YくんはTさんのことが好きだってわかってしまったというのが大きい。
私はトボトボと歩いて、みんなの元に帰った。
するとなんだか、みんなが騒いでいる。
とりあえず、私は井戸でのことをみんなに話すと、「やっぱりか」という反応が返って来る。
どういうことかと聞くと、私たちの前に出発した人も、やっぱり同じように井戸の中から霊が出たと言って戻ってきたらしい。
当然ながら、肝試しは中止になった。
気になったのはTさんが青い顔をしてガタガタと震えていたことだ。
いつも「霊なんていない」と霊をバカにしていたような発言をしていたのに。
私は心の中で、ほんの少し、ざまあみろと思ってしまったのだった。
終わり。
■解説
Tは語り部が戻って来るより先に、既に戻ってきている。
ということは、井戸の中にTが落ちたというYの予想は外れていたことになる。
では、一体、井戸から聞こえた女の声は何者だったのだろうか。
そして、再び井戸に戻っていったYはどうなってしまったのであろうか。
廃墟にいるモノ
私がこの廃墟にいるようになってから、もう20年は経っている。
20年もいれば、居住権とやらで、ここはもう私の物ということになる。
だから、誰だろうと、私にここから出て行けという資格はない。
私はここでこの先もずーっと穏やかに暮らす気だった。
しかし、数年前から若い奴らが来るようになった。
何でも、この廃墟が『心霊スポット』なんだとからしい。
最初は1ヶ月に1組くらいだったが、今ではほぼ毎日のように来る。
あるとき、私はついに我慢が出来なくなり、あるカップルを殺した。
これで怖がって、誰もここに近づかなくなるだろう。
しかし、その考えは甘かった。
廃墟に行くと呪い殺されるという噂のせいで、さらに人が来るようになった。
もういい加減にしてくれ。
私の憎悪が増していく。
来る人間に呪いをかける。
そして、今日もまた、新しいカップルがやってきた。
「ここが呪いの廃墟か」
「大丈夫なの? 呪い殺されない?」
「平気だって。俺、呪いとか効かないし」
「ホントに?」
「ああ。やれるもんなら、やってみろって感じだな」
私はお望み通り、そのカップルを殺した。
終わり。
■解説
一見すると、廃墟に住む語り部は幽霊で、やってきた人間を呪い殺しているように見える。
だが、語り部は一度も「呪い殺す」とは言っていない。
つまり、語り部は幽霊ではなく、生きた人間で、ただの殺人鬼ということになる。
骨董品
男の家は代々、骨董品を扱うお店をやっていた。
男も当然のことながら、このお店を引き継ぐことになる。
幼少期より、父親や祖父から目利きを叩きこまれていた。
その甲斐もあり、騙されたり、いい品を見逃すこともなく、店は順調に売り上げを伸ばしていった。
そんなあるとき、ある客が古く、珍しい茶器を店に持ち込んできた。
その客は、その茶器が代々受け継がれた由緒正しいものだと説明し、普通であれば300万はくだらないと話す。
男はそれが本物かを調べようとしたとき、客はすぐに金が要ると言い、すぐに買い取ってくれないなら、他に持って行くと言い出した。
男の目利きでは本物だと思うが、確証は持てない。
だが、今を逃せば、こんないい物はなかなか手に入らないだろう。
そう考えた男は即決で、300万で買い取った。
そして、それから1週間後。
今度はある老人が店にやってきた。
その老人も骨董品を扱っていて、その道、60年のベテランだと話す。
テレビ番組にも出演したのだが、知らないかと尋ねられたほどだ。
そんな目利きのベテランに、男は緊張しつつも、1週間前に手に入れた茶器を見せた。
男の目利きでは350万くらいはつくだろうと見込んだ上での提案だった。
だが、男の、その判断は間違っていた。
その茶器を老人に見せると、その老人は頭を抱えてしまった。
老人によると、この茶器は精巧な贋作なのだという。
それは精巧なのだが、値段としては二束三文にしかならないと老人は話す。
老人は事細かに、茶器の偽物を示す証拠をあげていく。
男はそんなことは聞いたこともなく、自分の知識のなさを恥じた。
老人は男に対して、この店にあるものはどれも良い物で、そんな店が損をするのは忍びないと言い出した。
老人はその偽物の茶器と、他の骨董品を纏めて、200万で買い取ってくれるのだという。
茶器が二束三文だと考えれば、他の骨董品を2倍以上の価格で買ってくれるということだ。
男は老人に感謝しつつ、200万で老人に茶器と他の骨董品を売った。
これで、茶器を買った分は損はしたが、随分と補填できた。
男はホッとして、これからはもっと目利きを磨こうと心に誓う。
だが、それから数ヶ月後、男はニュースを見て驚く。
なんと、あの老人が逮捕されたというものだった。
終わり。
■解説
老人の方が嘘をついている。
男は老人の肩書を信じたことにより、自分の目利きを信じられなくなっていた。
日本人は肩書に弱いという隙を突いた犯罪をしていた老人は、警察に逮捕されてしまった。
営業
男が休日の深夜に寝ていると、突然、営業マンがやってきた。
男はちょうど、熟睡に入ったところを起こされ、不機嫌だった。
しかし、営業マンはそんな男の様子に気にすることなく、ペラペラとしゃべり始める。
「最近、不景気ですけど、どうですか? 人生、楽しめてます?」
「……余計なお世話だよ。早く帰ってくれ」
「そんなことを言わないでください。……実は、ノルマに達してなくて、なんとかお願いできないでしょうか?」
「そんなのあんたの事情だろ? 俺には関係ない」
「まあまあ、そんなこと言わず」
営業マンはそう言うと、色々なチラシを出してきた。
「これ、ハワイ旅行のプランです。どうです? 最近、海外旅行に行ってますか?」
「……そもそも、海外になんか行ったことないよ」
「なら、この機会にどうですか? 旅費は全部、こちらで出しますので」
「でも仕事があるから、行けないって」
「その辺も、ちゃんとフォローします。あなたに不都合は出ないようにします」
「でもなぁ……」
「あ、もしかして、現地で遊ぶお金がないとかですか? なら、こっちで100万出します。これでどうでしょうか?」
「……あのさ、ここまで好条件だと、帰って怪しんだけど」
「そんなことありませんよ。一生分の楽しさを味わうと思えば、安い物じゃないですか?」
「うーん」
「わかりました。じゃあ、他の人のところへ行きます」
「あー、待ってくれ! わかったよ。本当にハワイ旅行と100万をもらえるんだな?」
「もちろんです」
男は営業マンの言う通り、契約をした。
そして次の日。
男の口座に100万が振り込まれ、飛行機のチケットとホテルの予約のチケットが届いた。
男は会社には連絡せずに旅行に行った。
そして、旅行から帰ってきても、営業マンの言う通り、男にとって何も不都合はなかった。
終わり。
■解説
異常なまでの好条件と、『深夜』にいきなり営業にくる人間はいない。
つまり、この営業マンは人間ではなく、死神。
男は好条件の引き換えに、魂を渡してしまった。
また、会社に関しては男は死んでしまうので、男にとってなにも不都合はない。
ブーブークッション
友人が子供を産んだ。
だけど、その子供の夜泣きが酷いことと、旦那が育児に協力してくれないとかで、ノイローゼ気味だとか。
この前、電話で話した時、かなりヤバい感じがした。
なんか、自殺でもしそうなほどだ。
だから、休みの日に、友人に会いに行った。
友人は案の定、疲れた顔をしている。
でも、私が来たことに喜んでくれた。
ソファーに座ろうとしたとき、友人は大きなクッションを持ってきて、「これを使って」と敷いてくれた。
お礼を言って座る。
すると、「ぶぎゃ」という音が鳴った。
戸惑う私に、友人はほほ笑みながら言った。
「ごめん。それ、ブーブークッションなんだ。ビックリした?」
イタズラするなんて、珍しいと思った。
それくらい、疲れてるんだろう。
だけど、二度目に座ったとき、音は鳴らなかった。
終わり。
■解説
クッションはブーブークッションではなく、赤ちゃんが入っていた。