本編
今のアパートは住んでから大体10年くらい経つけど、他の部屋は結構入れ替わりが激しい気がする。
早いと半年くらいで、長くても3年くらいだ。
たぶん、俺がこのアパートで一番長く住んでいると思う。
……だからなんだって話だけどね。
別に他の住人と交流とかないし、というかほとんど関わらないから長くいることによるメリットとかはない。
これがマンションとかで組合とかあれば、少しは権力っぽいものを持てたかもしれない。
それはそれで面倒くさいか。
まあ、そんなことはどうでもいい。
今、俺を悩ませているのが、騒音だ。
俺の真下の部屋の住人がとにかくうるさい。
1ヶ月前に入居してきたんだが、昼夜問わず騒音を出し続けているのだ。
それが爆音とかを鳴らすとかだと、警察とか大家さんに通報もできる。
だけど、なんていうか、生活音が大きいって感じなのだ。
ドスドスと歩く音、壁にぶつかるような音、掃除機の音、テレビの音、などが微妙に響く。
さらに悩ましいのが、その音はだいたい3分もすれば治まるところだ。
こっちのイライラがマックスになる寸前で止まる。
つまり我慢できなくもないくらいの長さだ。
ただ、それが頻繁にある。
1時間で3、4回。
それだけ聞くと少ないように思うかもしれないけど、実際、体験してみてほしい。
結構、ストレスだ。
夜に寝てるとき、起きることもある。
本当に常識がないやつだ。
引っ越してきたときにトラックとか来て、荷物の搬入でうるさかったのに、挨拶の一つもなかったから、嫌な予感がしてたんだ。
……今のご時世だと、あんまり挨拶とかはしないのかな?
まあ、いいか。
とにかく、俺はこの真下の、うるさい住人の顔を見たこともなけば、男か女か、若いのか中年なのかさえも知らない。
ほとんど外に出てないのか、外で顔を合わせたことが1回もなかった。
ただ、顔を合わせたからといって、面と向かって文句を言えるってわけじゃないけど。
可愛い女の子なら許せる、かも?
なんてね。
そんな、陰キャな俺でも、真下の住人にイライラして、他の部屋の人と顔を合わせたときに話しかけたくらいだ。
「103号室の人、うるさくないです?」
会社の同僚にさえ、ほとんど話しかけない俺が、同じアパートに住むとはいえ、他人に話しかけるくらいなのだから、相当だと思って欲しい。
同意してもらったからといって、何をするわけでもない。
大家さんに言うとか、警察に相談するとか、そういうことをするつもりもなかった。
とにかく俺は同意が欲しかっただけだ。
軽く愚痴を言って、すっきりしたかった。
ただそれだけのことだ。
それなのに、返ってきた言葉は俺の予想の真逆だった。
「そうですか? 逆に本当に住んでるのかってくらいですけど」
同意どころか全否定だった。
なんだろう?
真下だから響いただけなのかもしれない。
他の部屋までには音が届いてない可能性がある。
考えてみれば、アパートに住む住人が、全員俺みたいなやつとは限らない。
中には気の短い人間もいるだろうから、とっくに問題になってもおかしくない。
それなのに、下の住人には苦情がいっているようには思えなかった。
それどころか、その人の言うように、本当に住んでいるのかが怪しいというのもわかる。
その人も、外で会ったことは1度もないらしい。
それに郵便受けには郵便物がぎっしりと詰め込まれている状態だ。
買い物は宅配があるからいいにしても、ゴミ捨てとかどうしてるんだろうか?
深夜に、誰も見られない時間にこっそりと出しているのかもしれない。
そこまでして顔を見られたくないという理由がわからないが。
ただ、俺からしたらいつも騒音に悩まされてるので、住んでないというのは考えられない。
あんなに頻繁に生活音を出されれば、疑う余地もない。
だけど、考えてみたら、あれほど生活音を出すのに声は一度も聞いたことがないな。
声が聞こえれば、性別はもちろん、ある程度の年齢とかわかるのに。
なんてことがあってから、さらに1ヶ月が過ぎた。
もちろん、今でも騒音に悩まされ続けているのだが、ある朝、なんか外が騒がしかった。
外に出てみると、パトカーやら救急車やらが停まっている。
そして、野次馬も。
その中の人に話を聞いてみると、どうやら部屋で人が死んでたらしい。
しかも、俺の真下の、あの部屋だ。
正直、かなり不謹慎で申し訳ないんだけど、これで騒音から解放されると思うと、少し嬉しかった。
それで、当たり前だけど、その日を境に騒音は消えた。
それから1週間後くらいかな。
警察が一応ということで話を聞きにきた。
俺は騒音のことを話すと、警察官は顔をしかめた。
そんなことはないと言う。
なぜなら、真下の住人は死後3ヶ月が経っていて、さらに一人暮らしで、鍵も窓も全部内側から閉められていたらしい。
つまり、誰かが部屋に入った形跡がないという話だ。
俺は警察の話を聞いて、ピンときた。
俺以外の住人には、あの音が聞こえなくて、俺だけがあの音に悩まされていた。
つまり、あれは幽霊が出していた音だったってことだ。
それならなんとなく説明がつく。
なんてこった。
俺はずっと幽霊に悩まされていたってことだったのか。
こんなことなら、警察や大家さんじゃなくて、霊能力者に相談するべきだったのかもしれない。
終わり。
■解説
語り部は音を出していたのは幽霊だと結論付けている。
しかし、語り部の真下の住人が引っ越してきたのは『1ヶ月前』と言っている。
そして、それからさらに『1ヶ月が経過した』と話している。
つまり、真下の住人が引っ越してきてからは『2ヶ月』しか経っていないことになる。
それなのに、警察の話では『死後3ヶ月経っている』と言っている。
いったい、下の部屋で死んでいたのは何者だったのだろうか?
