【洒落怖】弟(だったもの)

洒落にならない怖い話

<洒落にならない怖い話一覧>

〈前の話へ:「自殺禁止」の張り紙〉   〈次の話へ:帰ったら、家族がいなくなってた〉

弟は昔から登山が趣味だった。
高校生になる頃には、夏休みになったら一人でいそいそと登山に出掛けていた。

俺と弟は3つ年が離れていたが、しっかりしていたこともあり、周りにはよく弟の方が兄だと思われることが多かった。
俺自身も正直、弟を頼りにすることが少なくなかった。

弟とは割と仲がよかったし、一緒に出掛けることも結構あったけど、登山だけは一緒に行ったことはない。
何度も弟から登山のいいところを熱弁されたけど、どうしてもただしんどいというイメージが払しょくできず、結局一度も登ることはなかった。
今になって思えば、弟の言う通り、一度は行ってみるべきだった。

「一回行けば良さはわかるよ」

いつも弟はそう言っていた。
けど、そのときの俺は、その言葉に全く耳を貸すことはなかったのだ。

弟が22歳になったときだった。
大学を卒業し、春からは就職するということもあり、「あまり登れなくなるから」という理由で3月に入ると毎日のように山へと出かけていた。
俺たち家族からしたら、それはもう日常風景で、ちょっとコンビニに行くくらいのノリで大して気にも留めていなかった。

だが、その日は突然やってきた。

弟からの連絡がプツリと途切れた。
頻繁に山に出かけていくとは言え、弟は必ず登る山と、いつまでに帰るかは知らせていた。

それが予定の日から2日過ぎても帰ってこない。

当然、俺たち家族は『遭難』が頭を過ったが、あんなに頻繁に山に行っていた弟が遭難するなんて信じられなかった。
きっと、帰りに温泉にでも行ってるんだろうと、不安を無理やり打ち消す。

だが、それが致命的だった。
4日過ぎても全く連絡が取れない状態になり、俺たちは慌てて警察に連絡し、捜索をお願いした。

5日間、捜索が続いたが弟は見つかることはなかった。
そして、捜索が打ち切られてしまった。

そのことをきっかけに家族はバラバラになってしまった。

すぐに救助要請をすれば弟は助かったんじゃないか。
どうして、無視したんだ?

お互いが罪悪感を相手にぶつけたのだ。

そんなこともあり、俺は一人暮らしになった。
その際に、弟の遺品を受け取る。

そのほとんどは当然のように、登山の道具だった。

俺はそれを見ているうちに、自然と登山をしようという気持ちになった。

それは少しでも罪悪感を薄めるためだけの行為だったかもしれない。

だが、一度山に登ると、そんなやましい気持ちは一気に吹き飛んだ。

「一回行けば良さはわかるよ」

弟の言っていた言葉通りだった。
俺はすっかり登山にハマってしまった。

同時に、なんでもっと早く、弟と一緒に登らなかったのかという後悔が強くなっていく。

そして俺は自然と、ずっと避け続けてきた、弟が遭難した山に登ろうと決心する。

罪滅ぼしにはならないだろうけど、弟が最後に見た景色を見たくなったのだ。

その山は中級者から上級者が好んで登ることもあり、結構、高いし、険しい。
そんな山を難なく登れるようになったことに、自分自身でも驚く。

いつの間にかここまでのレベルに達したんだな、と。

もし弟が生きていたら、二人で色々な山に挑戦していただろう。
そんなことを考えながら、登っていく。

この山は普段からあまり人がないようだが、今日は特に人が少なく、登山中、一度も人を見かけなかった。

おそらく弟が登ったときもそうだったんだろうと考えると、なんだか複雑な心境になる。

そんなときだった。
木々の奥からガサガサと物音がした。

風なんかではなく、明らかに動物が動いているような音だ。
そして、それはもちろん、ルートから外れたところになる。

俺は一瞬、熊かと思って警戒した。
まさか熊が出るなんて思っていなかったから、なにも準備はしていなかった。

とにかく山を降りようと思っていたときだ。
物音を出している動物と目が合った。

「は?」

思わずそんな声が出てしまう。

なぜなら、それは人間で――弟とそっくな顔をしていた。

だけどそれが弟じゃないことはハッキリとわかった。

なぜなら、顔は弟そっくりなのだが、体は5歳児くらいに小さい。
そして、全身は猿のように毛に覆われている。
もちろん、服なんて着ていない。

顔が大きくて、体が小さいという異様な姿。

そんな得体のしれない動物が、ジッと俺を見ていた。

「あに……き」

その動物は確かに、そう言った。
俺を見て、「兄貴」と言ったのだ。

その声は弟のものにも、違うものにも聞こえた。
なんせ、短い単語だったし、いきなりのことだったので、よくわからなかった。

さらにその動物はこっちを見ながら、ニッと笑った。

一気に鳥肌が立つ。

あまりにも不気味な笑みだった。
弟の顔なのに、化け物のようにしか見えない。

それでも俺は、その動物が弟と無関係とは思えなかった。

だから俺は弟の名前を呼んだ。
すると、その動物は嬉しそうに手を叩いて、その場で何度もジャンプした。

やっぱり、弟と何か関係がある。

そう直感して、俺はその動物に近づこうと歩き始める。

するとその動物は驚いたように目を見開いて、山の奥の方へと四足歩行で走って行った。

「待ってくれ!」

そう叫んだが、振り返ることなく消えるようにいなくなってしまったのだ。

それから俺は何度もこの山を登ったが、あれから1度も、その動物に会えていない。

あれは一体、なんだったのだろうか。

そして俺は今日も山を登り続ける。

〈前の話へ:「自殺禁止」の張り紙〉   〈次の話へ:帰ったら、家族がいなくなってた〉