意味が分かると怖い話 解説付き Part601~610

意味が分かると怖い話

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復讐

その女性は子煩悩だった。
たった一人の愛娘は目に入れても痛くないほど、可愛がっていた。
自分の命よりも娘の方が大切で、なにをおいても娘の方を優先するほどだ。
仮に娘が心臓病になり、女性の心臓を捧げれば助かると言われれば、躊躇なく捧げるだろう。
女性にとって娘が世界で一番大切な人だったのだ。
 
しかし、娘が17歳になったときだった。
娘は何者かによって殺されてしまう。
 
女性は気が狂いそうなほどの憎悪に包まれる。
 
犯人の手がかりは少なく、警察も犯人特定に時間がかかっていた。
だが、女性は警察に頼ることなく、自力で犯人を見つけ出す。
犯人は娘の元彼氏で、単独で犯行を行ったことがわかる。
 
女性は娘の復讐として犯人を殺した。
 
虚しい達成感を覚えながらも、女性はさらに復讐するためにビルの屋上へと向かう。
 
そして、女性は復讐を遂げた。
 
終わり。

■解説

復讐の相手は自分。
つまり、女性は娘を守れなかった自分に対して復讐するために、ビルの屋上から飛び降りた。

 

習い事

「あ、いたいた。タカシ―!」
「ダイちゃん。どうしたの? そんなに息切らせて」
「お前を探してたんだよ。教室に行ってもいねーからさ」
「今日は掃除当番じゃないからね。ホームルーム終わったら、すぐ出てきたんだ」
「そっか。それで、相談なんだけどさ、明日、俺の誕生日だろ? だから……」
「あれでしょ? お肉安く買えないかっていうんでしょ?」
「え? よくわかったな」
「毎年頼まれてるからね。そりゃわかるよ」
「毎年頼んでたっけ?」
「たぶん、大丈夫だと思うけど、お父さんに言っておくよ」
「サンキュー。いやー、お前んちが精肉店でよかったよ。すげーいっぱい肉の種類あるし」
「お父さんも、ダイちゃんのところは常連だって喜んでたよ。お互い様だね」
「えへへ。まあ、買ってるのは母ちゃんだけどな」
「あはは。売ってるのはお父さんだけどね」
「ま、俺たちにはあんま、関係ない話か」
「だね」
「肉の話してたら、腹減ってきた。帰りにどっか寄ってかね?」
「あー、ごめん。ちょっと、この後、用事があってさ」
「用事? そういえば、お前、最近、急いで帰ってるな。なんかあったのか?」
「あー……。いや、別に」
「なんだよー。言えよ。親友だろ? 隠し事はなしだ」
「うー。わかったよ。えっとね、ちょっとあることを、あるおじさんに教えてもらってて」
「なんだよ、習い事か?」
「まあ、そんな感じかな」
「なんの習い事だ? スポーツ系?」
「スポーツってわけじゃないけど、身体は動かすかな」
「なんだそりゃ? ハッキリ言えよ」
「いやー……。ちょっとさ。なんていうか、その……」
「なんだよ。地味な習い事か? 卓球とか?」
「卓球部に怒られるよ」
「あ、わかった。カルタだ! この前のお正月にやって、お前、面白いって言ってたもんな」
「違うよ」
「もう! 言っちゃえよ。気になって眠れなくなる」
「んー。まあ、いいか。誰にも言わないでね」
「おう」
「実はさ、肉の捌き方を教えてもらってるんだ」
「へー。そりゃ、マニアックだな。将来のためか?」
「どうだろ。前から興味はあったんだけどね」
「そっか。まあ、変わった習い事だけど、いいんじゃねーか。楽しいなら」
「うん。すごく楽しいよ」
「俺も何か習い事しようかな」
「あ、そうだ。ダイちゃん。今度、付き合ってもらっていい?」
「習い事に?」
「うん」
「まあ、いいけど」
「ありがとう! じゃあ、準備しておくね」
「俺はなんか用意するもんある?」
「いや、大丈夫。じゃあ、僕、こっちだから」
「そっか。じゃあ、また明日な」
「うん。また明日」
 
終わり。

■解説

タカシの家は精肉店である。
普通の肉を捌くのであれば父親に習えばいい。
だが、タカシは父親ではなく、あるおじさんに習っている。
それは、普通の肉ではないものを捌いているからである。
もしかすると、タカシは『人間』の肉の捌き方を教わっているのかもしれない。
そして、タカシはダイちゃんに『付き合って欲しい』と言っている。
つまり、タカシはダイちゃんを捌こうとしている可能性が高い。

 

石鹸

「こんちわ」
「いらっしゃい」
「どうだい? 景気の方は?」
「まあ、ボチボチかな」
「客足減ってないんだ? すごいな」
「なんで?」
「ほら、今、物騒なことが続いてるでしょ? あれで、みんな、あまり外に出ようとしないみたいだからさ」
「そうなんだ。そう言われると、若干、お客さんの人数は減ってるかな。その分、量を買っていってくれてるから、売り上げは落ちてないけど」
「店長も気を付けなよ」
「なにが?」
「あれって失踪じゃなくて、誘拐みたいだからさ」
「はは。大丈夫だよ。太ってないし」
「あー、そういえば、行方不明になってる人って、みんな太った人みたいだね。なんでなんだろ?」
「さあ? わかってれば、警察が犯人を捕まえてるんじゃない?」
「変わってるよなー。なんだって、大人を、しかも太った人間を連れ去るんだろ。手間がかかりそうなのに。普通は子供とかじゃない?」
「まあ、性癖は人それぞれだから」
「おー、怖っ! 理解し難いな」
「で? 今日は何を買いに来たの?」
「ああ、いつものやつ。5つね」
「え? 5つも? この前買ったばかりじゃない。買い置きにしたって、多過ぎない?」
「親戚に配ろうと思ってさ。あの石鹸、凄くいいよ」
「ありがとう。そう言ってもらえると作り甲斐があるってもんだよ」
「いやー、すごいよ。あれが手作りだってんだもんな。何を使ってんの?」
「企業秘密」
「だよね。……あ、そうだ。なんなら、俺が隣町の工場に話しつけようか? きっと、大口の案件になると思うよ」
「嬉しいけど、ごめん。手作りだし、そんなに量産できないんだ。材料も限られてるしね」
「そうなんだ? ……え? ってことは、売り切れる可能性あり?」
「もちろん。材料がなくなり次第、終わりだね」
「えー、そんなぁ。じゃあ、やっぱり20個ちょうだい」
「ダメダメ。ひとりにそんなに売れないよ。他にもひいきにしてもらってるお客さんがいるんだから」
「そっかぁ。じゃあ、親戚に配るのはやめよっと」
「はは。それがいいかも」
「でも、惜しいよなぁ。これ、絶対流行りそうなのに。大量生産できれば、大儲けできるって」
「いやいや。これは手作りだからいいんだよ。大量生産なんかしたら、品質が下がるし、使う人がいなくなっちゃうから」
「勿体ないなぁ。本当に勿体ない。ねえ、材料を教えてくれれば、俺がなんとか手配するけど?」
「もう、そう言って、材料を探ろうとしてるでしょ」
「あ、バレた?」
「バレバレ」
「ねえ、お願い! ヒントだけでも」
「うーん。君が太ってたら教えてあげてもよかったんだけど」
「なんだそりゃ」
「まあ、企業秘密ってことだね。はい、石鹸、5個」
「ありがとう。じゃあ、また買いに来るよ」
「はい、お待ちしてます」
 
終わり。

■解説

店長が作っている石鹸の材料は人間の油。
店長は石鹸を作るために、太った人間を攫っている。

 

恐怖症

少女は数年前、あるCMを見たことで、そのCMに出ていたタレントに恐怖を覚えるようになった。
「痴漢は犯罪だ」という警鐘を鳴らすためのCMだったが、出ていたタレントが不気味で嫌悪感を覚えた。
それは少女にとって、トラウマとさえ言えるほどで、電車に乗ろうとするとそのタレントの顔が浮かび、電車に乗れなくなるほどだ。
 
そのCMは世間でも物議をかもし、結局はすぐに放送を停止することになる。
 
しかし、そのCMが放送されなくはなったが、そのタレントは人気だったためテレビはもちろん、SNSでもよく話題になるほどだった。
 
その顔を見るたびに、少女は恐怖で体が動かなくなる。
当然、生活にも支障が出る。
 
そこで少女は精神科を受診するが、どの医師も少女のトラウマを克服させることはできなかった。
 
医師たちはテレビやSNSを見なければいいと簡単に言うが、見なければそれはそれで生活に支障がでるのだ。
 
少女はノイローゼ気味になり、部屋に閉じこもるようになる。
それでも、どうしてもあのタレントが目に入って来るのだ。
 
心身ともにボロボロになった少女の元にある医師がやってくる。
その医師は少女にタレントのことを消す、ある方法を教えた。
 
少女はその方法を実行した。
すると、少女はトラウマを克服することができた。
 
そして、そのタレントを見ることもなくなったのだった。
 
終わり。

■解説

タレントを消す方法。
それはタレントを殺すことだった。
タレントがこの世にいなくなったことで、トラウマを克服でき、そのタレントもテレビやSNSで見ることがなくなったのである。

 

鉢合わせ

あいつは親にキラキラネームを付けられた男だった。
普通なら親を恨みそうなものだが、あいつの苗字も変わっていたこともあり、あいつは「俺と同姓同名のやつはいない。つまり、世界一で唯一の存在だ」なんて、意味の分からないことを自慢していた。
 
あまり頭のいい奴じゃなかったが、いや、だからこそ俺はずっとそいつとつるんでいた。
何かあったときに利用してやろうと思ってたからだ。
 
ホントはあいつの親が金持ちだったらいうことなかったが、世の中そうそうあまくはない。
どちらかというと、あいつは貧乏と言ってもいいくらいだ。
まあ、それは俺も同じで、人のことはいえないのだが。
 
そんなあるとき、俺は投資の失敗で多額の借金を負ってしまった。
最初は闇金から借りてやり繰りをしていたが、正直、それもきつくなってくる。
取り立ても厳しくなり、このままでは命も取られかねない状況になった。
 
そこで俺は最後のカードを切ることにした。
あいつが持っていた、父親の形見を盗んで売った。
状況からして、盗んだのは俺だってわかっただろうが、もうあいつと会うことはない。
 
あいつの父親の形見は、そこそこの値段で売れたがそれでも足りなかった。
売れるものは全て売ったがダメだった。
八方塞がりだ。
 
戸籍も売ろうかと考えた。
だが、このまま海外に逃げてしまえばいいのではと気づく。
 
飛行機に乗るためにはパスポートが必要で、それを作るには戸籍が必要だ。
なので、戸籍は売らずにパスポートを作る。
 
空港で飛行機の出発を待っているときだった。
搭乗案内のときに、聞き覚えのある名前が耳に入って来た。
 
そう。
あいつの名前だ。
 
俺は冷や汗をかいた。
同じ飛行機に乗るみたいだ。
 
一瞬、飛行機には乗らずに逃げようかと考えたが、俺の方は既に搭乗案内を済ませ、ゲートを通過している。
ここで逃げる方が目立つし、怪しまれる。
金も勿体ない。
 
俺は見つからないように祈りながら、飛行機の席に座った。
だが、最悪なことに席が隣だった。
 
隣の奴は俺に話しかけてきた。
 
「俺の名前は変わってるんですよ。世界に一人だけで、同姓同名はいないんですよ。つまり、俺は世界で唯一の存在なんですよね」
 
俺は大げさに驚いて見せ、目的地に着くまで会話を楽しんだ。
 
終わり。

■解説

語り部があいつと呼ぶ人間の名前は珍しく、世界で唯一と言っていることから、同姓同名とは考えられない。
そして、あいつが語り部のことを許しているとは思えない。
さらに、会話を見る限り、まるで初対面のように見える。
つまり、あいつは戸籍を売り、語り部の隣に座った人間はその戸籍を買った人間だと考えられる。

 

叫び声

その学校では変な噂があった。
夜に学校の音楽室に行くと、あの世に連れて行かれるというものだ。
 
それは学校の七不思議というような、都市伝説的なよりも心霊的な噂として有名だった。
なぜなら、この学校では定期的に自殺者が出るからだ。
 
1年に1人、多くて3人が自殺してしまう。
しかも、全員が音楽室で決行している。
 
そこで学校側は夜に学校に入れないように厳重な見回りをし、音楽室自体も閉鎖してしまった。
そのことで、この学校では自殺者がいなくなった。
安心した学校側は夜の警戒を弱めつつあった。
 
しかし、そんなときだった。
真夜中の12時。
当直室で寝ていた用務員は、叫び声で目を覚ました。
 
声が聞こえたのは音楽室の方だ。
 
用務員はすぐに音楽室の方へと向かい、音楽室を開放して中へと入った。
 
すると、そこには生徒が首を吊っていたのだった。
 
終わり。

■解説

基本的に音楽室は中からの音をシャットアウトする作りになっている。
なので、音楽室の中から叫び声が聞こえるのはおかしい。
また、それまで音楽室は閉鎖されており、用務員が開放している。
では、首を吊った生徒はどこから入ったのだろうか。
色々と謎が残る事件である。

 

バッテリー交換

最近、男は会社の同僚の勧めで車を購入した。
同僚の親戚が車の販売をやっているということで、随分と安く買うことができた。
 
しかし、新車だというのにどうも調子が悪い。
そこで、車を買ったお店で整備をしてもらう。
 
整備が終わり、車が戻ってきたがそれでも車の調子は悪いままだ。
すぐにエンジンがかからなくなってしまう。
 
それを同僚に相談すると、同僚はすぐにバッテリーが上がるのは、バッテリーがダメになっているかもしれないと言う。
バッテリーを交換した方がいいと同僚は男に助言する。
だが、車を買った店の整備では不安が残るので、自分で交換したらどうかと提案した。
 
同僚は車に詳しいので大丈夫だと話し、男はそれを信じて自分で交換することにした。
 
男が工具と新品のバッテリーを用意する。
そして、同僚がバッテリー交換の指示を出していく。
 
「バッテリーが上がっていますが、念のためプラスの方から外してください」
 
男は言われた通り、プラスの方から取り外しにかかる。
 
しかし、その瞬間。
男はバチという音と共に感電死してしまった。
 
その後、近所の人が警察に通報し、男の死体が発見された。
警察は心臓発作による心肺停止と断定した。
 
終わり

■解説

新車で買ったはずなのに、バッテリーがダメになっているのはおかしい。
また、その場合はお店に言えば無料で交換してくれるはずである。
それなのに同僚は男に自分に替えるように勧めている。
さらに、通常バッテリーは「マイナス」の方から外すのが正しい。
バッテリーが上がっているのなら、バッテリー内の電力がなくなっていることである。
また、バッテリーの電力では感電死させるほどの電力はない。
男が感電死した後、警察に連絡したのは同僚ではなく近所の人である。
つまり、同僚は警察が来た際は近くにいなかったと考えられる。
同僚と、その親戚は最初から男の命を狙って車を買わせたのかもしれない。

 

袋叩き

あいつは組織を裏切った。
確かに時々、組織のやることで一線を越えることはある。
それに対して、不満を抱いている組員も少なくない。
 
だが、だからといって裏切るのは完全にアウトだ。
あいつだって、組織のおかげで救われたことがあった。
 
かなり苦労はするが、ちゃんと筋を通せば、組を抜けることだって可能だ。
なのに、あいつは裏切った。
許されることじゃない。
あいつとは親友だが、弁護のしようがない状態だ。
 
当然のことだが、あいつを捕まえろという命令がきた。
最初は、あいつのことを逃がしてやろうかと考えた。
だが、それだと、あいつはずっと組織のことを気にしながら生きなければならない。
 
だから、俺は組織にある約束を取り付けた。
あいつを差し出し、ちゃんとケジメを取らせるので、あいつを俺のところに戻して欲しいと。
 
最初、組織は難色を示したが、俺の約束は聞き入れてくれることになった。
 
さっそく俺はあいつを説得し、組織の元へ行かせた。
おそらくは袋叩きにあうだろう。
だが、これから怯えて過ごすよりはずっといいはずだ。
 
数時間後、組織から連絡がきた。
あいつを引き取りに来い、と。
 
俺は言う通り、あいつを引き取りに行った。
 
俺の車にあいつが乗せられる。
そして、組織の幹部が助手席に乗った。
その幹部から山へ行くように指示をされる
 
訳がわからなかったが、俺は言う通りに山へと向かった。
 
終わり。

■解説

組織は語り部に返すという約束はしたが、「生きて」返すとは約束していない。
つまり、語り部の車に乗せられたのは「死体」だと考えられる。
また、約束は「語り部に返す」というものである。
それなのに、山に向かわせるのはなぜか。
それは「返した後」、一緒に埋めるためなのかもしれない。

 

イリュージョン

男はマジシャンを目指している。
手先がかなり器用で、教えられたマジックは何でもそつなくこなしてしまう。
 
しかし、男にはマジシャンとしての華がなく、発想も平凡だった。
そのため、派手なマジックを作り出せないでいる。
そんな地味な男の元にはほとんど仕事が来ない。
 
そこで男はあるマジシャンの弟子入りをした。
師匠のマジシャンは独創的なマジックを数多く持っていて、マジシャンの中でもトップクラスの人気を誇っている。
そんな師匠のマジックを目の当たりにすることで感性が刺激され、男は斬新なマジックを思いついた。
 
これで一花咲かせられる。
そう思っていた矢先だった。
そのマジックを師匠に取られてしまったのだ。
 
先に披露されてしまったため、弟子である男がそのマジックをしても、教わったマジックと思われてしまう。
 
男は怒り狂い、師匠に詰め寄る。
しかし、師匠は取られる方が悪いと言って、あしらわれてしまう。
 
そんなときだった。
師匠が新しいマジックを思いついたと言い、練習しているのを、男は覗き見をする。
その新しいマジックというのはイリュージョンだった。
それはとても危険で、人々の目を引くこと間違いなしだ。
 
男はそのイリュージョンのマジックのタネを盗み見ることに成功する。
それはある特殊な金具が要となるものだった。
 
そして、男はその金具に細工を施す。
師匠はイリュージョンのマジックが失敗し、死んでしまう。
 
これで、このイリュージョンのマジックを知る人間は自分一人になったと喜ぶ男。
 
さっそく、マジックの練習に励む。
 
そんなとき、助手にしてほしいとある青年がやってきた。
人手が足りなかったこともあり、男はその青年を助手に雇うことにした。
 
男はリハーサルとして、青年にイリュージョンのマジックを見せることにする。
準備をしていると、青年が手伝うと言い出したので、買い出しなどをお願いした。
 
青年はテキパキと働き、男はいい奴を雇うことができたと喜ぶ。
 
そして、イリュージョンのマジックの準備が整ったときだった。
青年が慌てて、駆け寄って来る。
 
「金具、壊れてますよ。これ、新しいのです」
 
そう言って青年が金具を差し出してくる。
それはマジシャンの要になる重要な金具だ。
 
男は、本当に気の付くやつだと、褒めたのだった。
 
終わり。

■解説

イリュージョンのマジックを知るのは男しかいないはずである。
では、なぜ、青年は要となる金具のことを知っていたのか。
それは、師匠がその青年から、イリュージョンのマジックを盗んだからと考えられる。
つまり、青年はイリュージョンのマジックを取り返すために男の元に来たのである。
この後、男は「細工のされた」金具を使うことで、師匠と同じ運命を辿ることになる。

 

深夜の物取り

最近はもう、本当にどうしようもないくらい不景気だ。
巷ではよく人が足りないなんて言うが、そういうところは大概はやりたくない仕事だったりする。
 
俺だって一度は我慢してそういうところで働いてみたが、やっぱり自分に合わない仕事は苦痛でしかない。
だから辞めてやった。
 
けど、やりたい仕事なんてそうそう見つからない。
というより、俺自身、なにがやりたいのかよくわかってない。
 
とはいえ、親から絶縁された俺としては、金がないと生きていけない。
このままでは死んでしまう。
受け子みたいな危険な仕事もしたくない。
そういうのは大抵、騙されて終わりだから。
 
じゃあ、どうするかというと、持ってる人から分けてもらえばいい。
 
ということで、俺は夜な夜な家に忍び込んでは、少しずつお金やお金になりそうなものを分けてもらう。
 
俺は一軒から根こそぎ持って行くことはしない。
本当に少額だ。
それこそ、無くなっているのが分からない程度。
これは分けてもらうのだから、当然だろう。
必要以上に貰っていくのは、ポリシーに反する。
 
俺は一気に貰うのではなく、コツコツと何軒も回るようにしているのだ。
 
そして、何軒も回る上で、あるコツがある。
それは夜に忍び込むということだ。
 
普通は夜だと、住人がいる可能性が高いといって避けるだろう。
昼間の留守を狙っての空き巣だ。
だが、俺はそれだと目撃される可能性が高いんじゃないかと思う。
家の住人はいなくても、周りの人たちや道路を歩いている人たちだっている。
 
それなら、ほぼ周りに誰もいない夜を狙った方がいいと、俺は考えた。
 
けど、それだと家に住人がいる可能性が高い。
ただ、ここで俺はあることに気付いた。
 
それは最初から住人がいる前提で入ればいい。
住人が寝静まったころに入り、まずはブレーカーを落とす。
そうすれば、仮に住人が起きてきても電気が着かないので慌てるだろう。
その隙に逃げればいい。
それに、住人は慌てるから、こっちも相手が起きてきたと気づける。
いきなり、通報されることもないってわけだ。
 
俺は夜目が利く方だから、暗闇でも割と動ける。
住人が慌てている間にササッと逃げることが可能だ。
 
いや、俺って天才だね。
 
この方法はやってみると思惑通り、上手くいく。
 
その方法で大体1年が過ぎた頃だろうか。
 
俺はある一軒家に忍び込んだ。
結構、金持ちそうだ。
これならいつもより、少し多めに分けてもらってもいいだろう。
 
さっそく、俺はブレーカーのところへ行き、ブレーカーを落とそうとした。
だが、既にブレーカーは落とされた状態だった。
なんだかわからないが、ちょうどいい。
手間が省けた。
 
俺は次にリビングへと向かう。
 
それにしても、この家は随分と歩きやすい。
物もあんまりないし、家具なども端に寄せている。
あまり、物を買わない人なんだろうか。
 
俺はタンスを見つけ、順番に漁っていく。
 
すると突然、後ろから足音がした。
俺は慌てて振り向く。
 
そこには暗闇の中にぼんやりと立っている人が見えた。
ここの住人だろうか。
 
それにしても暗闇なのに随分と落ち着いているものだ。
とはいえ、こっちは落ち着いていられない。
すぐに逃げないと。
 
人影はふらふらとキッチンの方へと向かった。
なんだろう?
よくわからないが、その隙に逃げることにしよう。
 
俺は廊下を忍び足で歩く。
 
すると相手は手に包丁を持って、フラフラと歩いている。
 
少し背筋が凍ったが、こんな暗闇でまともに包丁をつかえるわけがない。
ここは、相手の脇をすり抜けて、家から脱出することにしよう。
 
終わり。

■解説

ブレーカーが落ちていたのに気づかないことや歩きやすい家具の配置、そして、暗闇でも落ち着いて行動している。
この家の住人は視覚障害者である可能性が高い。
このあと、語り部は住人の脇をすりぬけようとするが、そのときに刺されてしまうはずである。

 

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