大名の御膳
男は各地を旅する料理人であった。
様々な場所に行き、その地域の料理を学び、それを自分流に昇華しながら次の町へと向かう。
男がそんな料理人になったのは、北の地である魚を食べたことがきっかけだった。
それまで男が食べたことのなかった、ししゃもという魚。
それをある漁師から食べさせてもらい、凄く感動したのだ。
自分の知らない美味しい食材が世の中にたくさんある。
そう気づいて、男は旅の料理人になった。
そして、旅を続ける中で男の名は徐々に広まっていく。
凄い料理人がいる。
それがある大名の耳に入った。
その大名は食にこだわり、食のためなら金の糸目をつけなかった。
大名が気に入った料理人には莫大な報酬が支払われ、逆に気に入らない料理を出した料理人を処刑したりしていた。
特に食材に対しての嘘は絶対に許さなかった。
世の中には似た味の食材があり、それを偽って出す料理人が横行していた。
大名はそんな料理人を絶対に許さない。
そんな中、大名は男に料理を作って欲しいと依頼してきた。
金には糸目はつけない。最高の料理を用意してくれ。
そう言われて、男は今までの旅で得た料理で献立を組み立てる。
そして、絶対に外せないのが、自分の人生を変えたししゃもだった。
また、大名もししゃもが好きということを耳にしている。
さっそく男は北の地へ行き、あの料理にししゃもを用意してもらう。
戻った男は大名に料理を出した。
自分の最高傑作といえるほどの献立を用意して、男は満足した。
数日後、男は大名によって処刑された。
終わり。
解説
ししゃもにはよく似たカペリンという魚がある。
男は漁師に食べさせてもらうまで、ししゃもをしなかった。
そして、大名はししゃもが好きで、偽物を許さない人物である。
つまり、男は漁師に食べさせてもらったのはカペリンだった可能性が高い。
男は最初にししゃもと言われてカペリンを食べているので、それがししゃもではないとは考えもしなかった。
同じアパートの住人
俺が住んでいるアパートに、凄い仲のいいカップルがいる。
男の方は結構、陽キャで何かと俺に話しかけてくる。
逆に女の方は陰キャでまともに俺と目を合わせない。
女はいつも男に寄りそうにして歩いていて、2人一緒じゃないことの方が少ないんじゃないだろうか。
女は見るからにメンヘラで、結構、面倒くさそうだ。
俺から見ても全然似合っていないカップルだった。
よく、男の方はこんな陰キャの彼女と付き合ってられるなって思う。
だけど、この前、男の方が見たことのない女と一緒に歩いていた。
あーあ。二股か。
そうだろうと思ったよ。
で、1ヶ月くらいしたら、あのとき見た女の方をアパートに連れてきて、一緒に住むようになった。
「俺の彼女」
「よろしくお願いしまーす」
今度の女の人は男と同じように明るく、ノリの軽い子だった。
正直、俺はこっちの人の方が合ってるんじゃないかな。
でも、陰キャの女とは揉めそうだな、とも思った。
ただ、すんなり話がついたらしく、もうあの陰キャの女をアパート内で見なくなった。
でも、それから数週間後。
めっきり、明るい方の女を見なくなっていた。
だから、ちょっとしたときに、あの陰キャの男に聞いてみた。
「あー、なんかさ。急に出てったんだ。……また1人に戻っちゃったよ」
なんか、苦々しい顔をしていた。
いい雰囲気だったと思うが、男女の関係なんてわからないものだ。
そして、数日後。
またあの陰キャの女と一緒に歩くようになった。
やっぱり、あの女とよりを戻したのか。
と、思ってたら男が引っ越しのあいさつにきた。
「今までありがとね。お互い、彼女作り頑張ろうね」
そんな余計なことを言い残していった。
お互い?
自分はあの陰キャ女と付き合ってるのに。
そう思ってたんだけど、それは俺の勘違いだった。
すぐに新しい男が引っ越しのあいさつに来た。
その新しい男と、あの陰キャ女が一緒に寄り添っている。
陰キャ女は、あの陽キャの男から今回の男に乗り換えたってことか。
なんか、あの部屋の住人はドロドロとしてるな。
まあ、俺には関係ないけど。
終わり。
解説
語り部は一度も、陰キャの女と話したことがない。
そして、語り部がいう、あの部屋の住人は誰になるのであろうか。
陰キャの女が借りているのなら、最後に男が引っ越しのあいさつに来るのはおかしい。
あの陰キャの女は人ざる者で、あの部屋に来た人間に憑りついているのかもしれない。
闇バイト
男は不景気のあおりを受け、仕事を首になった。
他に職を探したがなかなか決まらない。
背に腹は代えられなくなった男は闇バイトに応募する。
男が入ることができたのは、かなり有名な詐欺グループだった。
10年以上、詐欺を行っているが、警察に尻尾をつかませないという、実に巧妙な組織になっている。
その組織のモットーはヤバくなったら尻尾を切る、というものだった。
素早く下を切り捨てることで、ここまで捕まることなく大きな組織に成り上がったのである。
男はこの組織に入れたことを幸運に思うと同時に、絶対に切られる側にならないよう、細心の注意を払いながら、命令を遂行していった。
その甲斐あってか、男は組織に優遇され始める。
受け子のような末端ではなく、その受け子に指示する立場だ。
これなら受け子が捕まっても、見捨てることで自分は捕まることはない。
男は受け子の募集もやるようになり、かなりの金額を稼ぎ出した。
多くの金を稼げば、もっと上に行けると考える男。
男は組織の中から見ればまだまだ下っ端で、直属の上の人間の素性すらわからない状態だ。
早く自分もその立場になりたい。
そう思い、男は少々危険な手を使ってでも、稼ぐことを優先した。
男が稼いだ額は、組織が1年で稼ぐ1割に届くほどの膨大な額だった。
これで上に行ける。
男はそう確信したが、組織からきた命令は、海外に逃げろというものだった。
男が稼ぎ過ぎたために警察の動きが活発になったのだという。
男は反省し、組織の言うように海外に逃亡することにした。
海外で頭を冷やし、戻ってきたときは焦らずに着実にやっていこうと心に決めた。
そして、男は海外逃亡に必要なパスポートと金を受け取るため、言われた場所へと向かった。
次の日。
長年追っていた詐欺グループの幹部を逮捕、というニュースが世間に流れたのだった。
終わり。
解説
男が所属している組織のモットーは、ヤバくなったら尻尾を切るというものである。
男が稼ぎ過ぎたせいで、警察が本格的に動き始め、組織はヤバいと考えた。
なので、囮として男を尻尾として切ったのである。
男は自分の上の人間さえ知らないと言っているのに、詐欺グループの幹部と報道されるのはどう考えてもおかしい。
男が組織に言われてパスポートや金を受け取る場所には警察が張り込んでいるうえ、男が組織の幹部だという偽の情報を渡されていると考えられる。
架空請求
学生の頃にさ、ちょっとした好奇心で架空請求の詐欺をやり始めたんだよね。
そしたら、もう、ぼろ儲けだったわけ。
1日に数万。下手したら10数万儲けたときがあったんだよね。
そんなに稼げちゃったらさ、もう金銭感覚マヒするよ。
時給1000円?
そんなの馬鹿らしくて働く気なくなっちゃうって。
でもさ、簡単に稼げるってわけじゃないんだ。
適当にやっても、無視されるだけ。
だから、色々考える必要があるんだよね。
相手がどうやったら、「ヤバい、払わなくっちゃ」ってなるかを考えるんだよ。
これが面白くってさ。
上手くいったときなんか、もう、興奮で脳汁出っ放し!
やめられないよね。
そりゃ、もう、やれることはなんでも試したね。
今、流行ってるものを利用したり、公的機関を利用したりとか。
でもやっぱり、公的機関を利用するのは結構、良い手だよ。
割と引っかかる。
まあ、流行ってすぐに廃れちゃうんだけどね。
みんな、その方法をやり過ぎてひっかる人がいなくなるんだよ。
だから、俺たちみたいなやつは常に色々考えるわけ。
稼ぐためにね。
どう? 結構、苦労してるだろ?
そういえばさ、この前、俺のところにも来たよ。
架空請求が。
なんだろ。
同業者かと思うと笑っちゃうよね。
しかもさ、その架空請求の方法が裁判所を名前を使ったやつ。
あー、昔、流行ったなぁーって懐かしくなったね。
俺はそのとき、よくわからなくて、手を出さなかったんだけど、結構、エグい方法だってことは聞いたことがある。
でも、あっちもまさか、同業者に送ったとは思ってないだろうな。
改めて見るとバレバレだよね。
笑っちゃうよ。
普通はこんなの引っかからないって。
やっぱり、引っかかる方が悪いよな。
さてと。
これはゴミ箱に捨てて、無視無視、っと。
さあ、また今日もバリバリ稼ぐぞー!
ってさ。
そのときは思ってたんだよ。
こんなの引っかからないぞって。
でも、俺は後悔することになった。
あーあ。
あのときに戻りたいなぁ。
終わり。
解説
裁判を使った詐欺では、少額訴訟を利用した手口がある。
それは、架空請求であるにも関わらず、本当に訴えられ、裁判所から呼び出しがかかるというものだ。
それを放置してしまうと、架空請求であったとしても判決が下され、強制執行が行われてしまう。
今回、語り部はその詐欺にあったのだと考えられる。
語り部は手慣れいるだけに、偽物は無視すればいいという先入観により、裁判所からの呼び出しを無視してしまったのだ。
深夜のホラーゲーム
夏といえばホラー。
俺は結構、ホラー系が好きで、よく怖い話とか都市伝説とかをYouTubeで見ている。
だけど、俺は実家住みだから、よく邪魔が入る。
動画を見てドキドキしている中で、いきなり母さんに「お風呂入りなさい」と、「ちょっと手伝って」とか言われると一気に覚める。
突然、部屋に入って来られたりすると、もうホント最悪。
だから、父さんと母さんが家にいないときなんかは、絶好のホラー日和なのだ。
今年は父さんの親戚の方の法事があるとかで、母さんを連れて2泊くらいするらしい。
俺は行かなくていいと言われたから、2日間は家に一人ということだ。
俺はさっそく、前からやりたかったホラーゲームを友達から借りて、深夜に一人でやることにした。
飯を食べて、風呂にも入って、頼まれていた熱帯魚に大量の餌をやって、万全の準備をしてホラーゲームをゲーム機にセットする。
もちろん、部屋の中は真っ暗にしている。
充電器みたいな小さいランプが光るようなものも、コンセントから抜いた。
本当に部屋の中は真っ暗だ。
ドキドキしながらゲーム画面を見る。
おどろおどろしい雰囲気に、背中がゾクゾクする。
そして、15分くらいゲームを進めた頃だったろうか。
バツンと音を立てモニターの画面が消えた。
なんだよ、停電か。
かなり熱中してたのに、停電に邪魔されて一気に萎えた。
早く復興しないかなと思いながら、スマホでソシャゲをやる。
3時間くらいたった頃だと思う。
なかなか、直らないなーと思いながら、いつの間にか俺は眠っていた。
朝、起きるとモニターが付いていた。
さすがにもう停電は復帰してるみたいだ。
お腹が減ったから、台所に行って、何か食べ物を探してこよう。
そう思って、廊下を歩いていたら、飼っている熱帯魚が目に入る。
何気なく餌を大量投入した。
あれ? 昨日も、結構、大目に入れた気がするな。
まあ、いいや。
熱帯魚は20匹、全員元気に泳いでいる。
母さんが大切にしてるから、1匹でも死んだら大変だ。
俺は安心して、台所に向かった。
終わり。
解説
もし、停電だったとしたら、熱帯魚のエアポンプやフィルターも止まったはずである。
しかも、語り部は餌を大量に入れている。
3時間も停電していれば、水槽内は汚れ、1匹くらいは死んでいてもおかしくない。
しかし、熱帯魚は全員、元気である。
ということは、モニターが切れたのは停電ではないと思われる。
もしかすると、霊現象によって、モニターの電源が切れたのかもしれない。
お盆
お盆っていえば、みんなは何を想像するだろうか?
俺は休みって感じかな。
ただ、子供の頃は夏休み中だから、別に特段嬉しいってわけじゃなかった。
逆に海に行くなとか、川に行くなとか、制限されて反っていい印象はなかったかな。
時々、法事とかいって親戚が集まるから、そのときにお小遣いがもらえるのは純粋に嬉しかったくらい。
とにかく、俺にとってお盆なんてそんなもんだった。
逆に親父なんかは結構信心深くてさ、墓参りとか迎え盆とか送り盆とか、毎年絶対にやってた記憶がある。
たしか、お盆って先祖が返ってくるとかって話だよね?
よくわからなくて、子供の頃は、先祖なんか帰ってくるわけないなんて言ったら、怒られたことがある。
そんな俺も、大人になって、結婚して子供ができた。
子供は夏休みなんだからどっかに遊びに行きたいって言い出したら、とにかく親父のところに行かせてた。
親父は俺には凄い厳しかったけど、孫には凄く甘くてさ。
なんか、色々なところに連れて行ってもらってたみたいだ。
その分、あとから親父には電話で起こられたけどね。
父親なら、ちゃんと子供をどこかに遊びに連れて行けって。
けど、俺はその頃、起業なんかしてて、夏休みとかお盆とかそんなこと言ってられなかった。
休みなんてなく、必死に働いて、とにかく家族を食わせることだけ考えてた。
今考えてみると、妻にも子供にも悪いことをしたと思う。
起業なんて格好いいこと言ってるけど、結局は人に使われるの嫌ってだけだったんだから。
変なプライドなんて捨てて、普通の企業に勤めていれば、もっと妻や子供との時間が作れたかもしれない。
相変わらず、俺の会社は火の車状態だったんだけど、親父がぽっくりと逝ってしまった。
親父に懐いてた子供は相当ショックを覚えて、しばらく引きこもりになったくらい。
逆に俺なんかは親父には怒られた記憶しかない。
だから、そんなにショックなんて受けなかった。
こんなの罰当たり化もしれないけどさ、何も忙しいときに死ななくてもいいだろ、って思ったくらいだよ。
最低だろ?
なんとか寝る間も削って、親父の葬式を終わらせて、また必死に働く毎日が続く。
親父が死んでからは子供も、夏休みにどこか行きたいなんてことも言わなくなった。
それを俺はラッキーと考えて、ますます仕事に打ち込んだんだ。
いや、わかってる。
今ならわかるんだ。
子供はどこかに行きたくないってわけじゃなくて、俺に気を使って言わなかっただけだって。
ホント、俺はどこまでいっても最低な人間だよ。
ほとほと嫌になる。
そんなとき、会社がひと段落ついて、俺は本当に十何年ぶりかのお盆休みが取れたから出かけることにした。
子供は凄い喜んだよ。
まあ、それくらい、俺は今まで子供に何もしてなかったんだって痛感した。
あと、お盆と言えば迎え盆と送り盆。
俺は親父がやっていたことを思い出しながら、準備を進める。
子供が何をしてるのかって聞いてきたから、「お盆はおじいちゃんに会える日なんだ」って言ったんだ。
それはもう、凄く喜んでたよ。
こんなに嬉しそうな子供の顔を見たのは初めてかも。
正直、親父に嫉妬したよ。
子供は俺なんかより、よっぽど親父の方が好きなんだってね。
でも、やっぱり子供の喜ぶ顔って言うのは、純粋に嬉しいものだ。
そして、お盆当日。
俺たちは親父を迎える準備をして待つ。
来てくれるか不安だったけど、ちゃんと来てくれた。
子供はすっごく喜んでた。
けど、俺はすげー、親父に怒られた。
今までにないくらいにね。
いや、ホント、親父は幽霊になっても頑固者だなぁ。
終わり。
解説
語り部はずっと忙しいと言って、休みも取れないと言っていることから会社の方は随分と苦しい状態だと伺える。
また、会社がひと段落ついたというのは、「倒産」した可能性がある。
さらに語り部はお盆に「出かける」と言っているのに、なぜ、「待っている」のか。
そして、なぜ、語り部は父親に怒られたのか。
語り部は家族で心中し、父親を迎えた。
つまり、お互い幽霊同士としてお盆に再会したわけである。
オレオレ詐欺
昔からあるオレオレ詐欺。
いつも思うんだけど、なんでこんなに有名なのに引っかかるのか。
普通、これだけ注意されてるんだから、注意するだろ?
正直言って、俺はここまで来たら引っかかる方が悪いと思う。
かーちゃんとも話したんだけど、いくら電話越しだからって自分の息子の声は間違えないって言ってた。
いくら慌てても、絶対わかるはずだって。
俺もそう思う。
大体さ、話している内容で気づくだろ。
そう考えると、やっぱり、引っかかる方が悪い。
だから、俺がオレオレ詐欺をやったとしても、引っかかる方が悪いから何の罪悪感もない。
上からリストを貰って電話を掛ける。
なんでも、話が通じやすいように、その地域に住んでいるとか、その地域に詳しいところのリストを渡されるらしい。
俺も電話を掛けていくと、話の流れで地域のことが出てきて、それを答えると結構、相手は信じる。
だから、地域に詳しいところのリストが流れてくるのは、なるほどって思う。
あとは、あんまり話さないようにするのが、呼び方だ。
お母さんとか、おかんとか、ママとか、呼び方で速攻バレる可能性があるらしい。
だから、なるべくなら相手のことを呼ばないようにするのがコツだ。
今日も、さっそく、電話を掛ける。
「もしもし、俺なんだけど」
「あら、どうしたの? こんな時間に」
「いや、ちょっとさ、今、事故っちゃって……」
「ええ!? 大丈夫なの?」
「うん、俺は大丈夫なんだけどさ、相手をケガさせちゃって……」
「……あら。結構、酷いケガなの?」
「うん……。それでちょっと治療費がかかりそうなんだ」
「そっか。いくら?」
「……とりあえず100万」
「ええー! そんなに?」
「かーちゃん、なんとかならない?」
「しょうがないね。どうすればいい?」
「振込でお願い」
「うん。わかった。どこの銀行がいいとかある?」
「えっと、都市銀行がいいかな」
「都市銀行……。須藤商店の近くと、あっちの方、どっちがいい?」
「あっちって矢代電気店の方のこと?」
「そうそう」
「電気屋の方がいいかな。近いでしょ」
「うん。わかった。じゃあ、振り込んでおくね」
ガチャンと切った。
完全に信じてる。
これは貰ったでしょ。
案の定、上から電話がかかってきて、無事に振り込まれたそうだ。
これで、少しボーナスがもらえる。
よし!
モチベーションが上がった、次も頑張って演技するぞ。
終わり。
解説
語り部の母親は電話越しでも息子の声は絶対にわかると言っている。
そして、会話中に、語り部はうっかり、相手のことをかーちゃんと言ってしまっている。
呼び方が違えば、すぐにバレてしまう状況でも、バレなかったことを考えると、相手はいつもかーちゃんと呼ばれていたとわかる。
さらに、会話の内容で、妙に相手と語り部の土地勘が正確に合っている。
つまり、語り部は自分の母親にオレオレ詐欺を仕掛け、母親も声で息子だとわかったため、信じてしまった。
パッチワーク
俺の趣味は人形作りだ。
男としては変わった趣味だと思われるから、この趣味は公言していない。
本当は作ったものを見せたい、なんて欲求があるけど、自分のために我慢している。
俺が作る人形はちょっと変わっている。
というのも、パッチワーク的手法を使っているところだ。
どういうことかというと、いわゆる継ぎ接ぎで組み合わせるという手法を使っている。
俺は1体、1体、こだわって作るタイプだから、素材の良いところだけを使って作りたいんだよね。
なんていうかな。
俺自身は、一度妥協してしまうと、作品に打ち込めなくなる気がして、絶対に妥協は許さないようにしている。
ああ。
多作で早く仕上げる人がいるけど、それはそのクリエイターの信念であって、他人がどうこう言えることじゃないと思ってる。
そういうクリエイターも、俺は尊敬しているのだ。
とはいえ、俺はこだわって作るから、1体完成させるまでに物凄い時間がかかる。
下手をすれば、7,8年かかることもある。
でも、その分、こだわって作るから、完成品は本当に一級の芸術品と言っていいだろう。
自分ながら、惚れ惚れしてしまうくらいだ。
だから、本当は世間に見せたい。
でも、そんなことをしたら、絶対に、変な人間だと思われてしまうはずだ。
少なくても、周りからは距離を置かれてしまうだろうし、下手をすると人形作りができなくなるかもしれない。
だから、我慢だ。
今日も材料を探しに、町に出る。
行きつけの端材屋にいく。
ここは客が少ないけど、実に良質な材料が時々あったりする。
なかなか良いのがないなーと思いながら吟味していると、凄く良いのを見つけた。
まさしく、イメージにぴったりの素材だ。
俺は小さくガッツポーズをして、端材屋を出た。
終わり。
解説
語り部が人形つくりに使っている材料を、一度も、布とは言っていない。
では、一体、なんの材料を使って作っているのだろうか?
語り部はしきりに人形つくりの公言を避けている。
周りから変に思われるだけでは、ここまで避けたりはしないはずだろう。
そして、端材屋では「客が少ない」と言っている。
もし、布を探しているのであれば、「客」は関係ないはずだろう。
そのことから、語り部の目的は「客」であることがわかる。
つまり、語り部は「人間」を材料に人形つくりをしている。
いい素材を見つけたので、語り部は店から出て、素材となる人間の後を追ったということになる。
夜行バス
俺は仕事柄、出張が多くて夜行バスを利用することが多い。
夜に乗って、朝に到着するという長距離を進むバスだ。
最初は8時間っていう長い時間をずっと座っているということが苦痛だった。
だけど、それも次第に慣れた。
今では座った状態でも熟睡できるし、タブレットを持ち込んで動画を見ながら酒盛りをするのが楽しみなほどだ。
今回も酒盛りの準備と、6時間くらいの動画を編集で作ってタブレットの中に入れてバスに乗り込む。
深夜12時にバスが出発したのを見計らって、さっそくビールの缶を開ける。
つまみのチー鱈を食べながら、酒盛りの開始だ。
タブレットの電源を入れて、動画をスタート。
この日のために、ベストの動画を集めて編集していたのだ。
酒盛りを始めて1時間。
突然、物凄く眠くなってきた。
昨日は動画の編集をしていて遅くなったのと、最近、仕事が忙しくて疲れていたのかもしれない。
ここは我慢しないで寝よう。
当初の計画から外れて、こういうことをするのも夜行バスを楽しむ秘訣だ。
お酒も入っていたから、目を瞑るとすぐに眠りに落ちた。
どのくらい寝ただろうか。
目を覚ますと、流していた動画が終わっていた。
カーテンを開けると、空は明るくなっている。
時計を見ると、時間は4時。
到着するまで、まだ時間がある。
さっそく俺はビールとつまみを開け、酒盛りを再開したのだった。
終わり。
解説
語り部は夜の12時にバスに乗った。
8時間のバスなので、到着は朝の8時である。
ただ、今回、語り部は6時間の動画を用意している。
目が覚めた時に、その動画が終わっているということは、6時間が経過しているはずである。
なのに、時刻は4時と言っている。
4時だとまだ動画終わっていないはずなので、時刻は16時だと考えられる。
しかし、そうなると、バスはとっくに到着しているはずである。
このバスに何か異変があり、16時間走っている可能性がある。
語り部が乗っているバスは一体、どこに向かっているのだろうか。
ベッドの下に
誰でも一回は聞いたことがある都市伝説。
マンションで一人暮らしをしている女性の部屋に友人が泊まりに来た。
女性はベッドの上で、友人は床に寝る。
夜、突然、友人は女性を起こして、コンビニに行こうと言い出す。
最初、女性は断るのだが、あまりにも友人がしつこく言うので、ついて行くことに。
外に出ると友人が、「ベッドの下に包丁を持った男がいる」と言ったのだった。
こういう話。
ね?
聞いたことあるでしょ?
私もね、もちろん聞いたことがあった。
たぶん、学生の頃だったかな。
聞いたときは怖くて、実家暮らしでよかったと思った記憶がある。
そんな私も大学を卒業して、就職し、一人暮らしをするようになった。
仲がいい友達もでき、休みになれば泊まりに来たりもする。
そんなあるとき。
泊まりに来ていた友人が、深夜に私を起こした。
青ざめた表情で、「コンビニに行きたいんだけど、一人じゃ怖いから一緒に行こう」って。
普通だったら、「子供じゃないんだから、一人で行ってきなよ」というところだけど、友人があまりにも切羽詰まった顔で言うもんだから、私はそそくさと着替えて、友人と一緒に外に出た。
すると部屋を出た友人がこう言った。
「あんたのベッドの下から目が見えた。あれ、絶対、人だよ。変質者がいるのかも。警察に連絡しよ」
私は友人には悪いが、思い切り笑ってしまった。
まさか、自分があの都市伝説をやられるなんて思ってもみなかった。
私が笑ったことに、友人はムスッとする。
だけど、私はごめんごめんと謝りながら、こう言った。
「大丈夫だよ。私のベッド。床との隙間が3センチしかないんだから」
そう。
私はベッドの下の都市伝説が怖くて、そういうベッドにしているのだ。
「あ、そっか! たしかに!」
友達もゲラゲラ笑う。
安心した私たちは部屋へと戻った。
終わり。
解説
友人はベッドの下に目があるのをはっきり見ている。
しかし、語り部はベッドと床との間は3センチしかないのだという。
もしかすると、語り部の部屋には包丁を持った男はいないが、人ならうざるものがいるのかもしれない。