〈前の話へ:緊急病棟にて〉 〈次の話へ:その家族は顔認証されない〉
良いバイトがないかと探していたら、大学の先輩から久しぶりに声をかけられた。
同じゼミの先輩で、昔は何かとお世話になっていた。
俺がバイトを探していると聞いて、先輩が長く働いているバイト先で欠員が出たので募集しているのだという。
バイトの内容は夜間の警備員。
2時間おきにビル内を見回り、それ以外は監視カメラを眺めていればいいという簡単な仕事らしい。
しかも、深夜のバイトだから結構給料もいいとの話だ。
それを聞いて、俺はやると即答した。
先輩に連れられて、バイト先に向かう。
すると、急な欠員で本当に困っていたらしく、面談もなく、いきなりその日からシフトに入ることになった。
リーダーから大まかな仕事内容が説明される。
先輩の言った通り、本当に2時間おきにビル内を見回って、あとは監視カメラを見るだけだった。
単純な仕事のためか、リーダーは「何かあったら連絡して」と言って連絡先を渡して帰って行った。
先輩の話では、リーダーはもう10日連続でシフトに入っているらしい。
確かに疲れが溜まっているようで、目の下にクマもできていた。
そんなリーダーを見れば、即日採用も頷ける。
「まあ、気楽にやろうぜ」
先輩が椅子に座り、スマホを操作しながら気の抜けたような声で言った。
先輩の言う通り、気を張るような仕事ではない。
ただ、逆に気が抜けすぎて眠くならないかという方が心配になる。
とはいえ、先輩と一緒なので、大丈夫だろう。
1時間ほど先輩と雑談したあと、見回りの時間になり、先輩と一緒にビルの見回りをする。
当然と言えば当然だが、深夜なので全く人がいなく、電気を付けても薄暗く感じる。
正直、先輩と一緒じゃなければ、1日でギブアップしたかもしれない。
「慣れだよ、慣れ。俺だって、最初は怖かったし」
そう言って笑う先輩。
その言葉で、少しだけ緊張が解けたが、「ただ、慣れたら一人で行ってもらうからな」と言われて、余計に緊張することになった。
だが、先輩の言う通り、慣れてしまえば楽な仕事だ。
しかも、思ったよりも給料もいい。
そう考えると、逆に人手が足りないことが気になった。
「ああ、それはすぐ辞めちゃうんだよ」
先輩の話では楽な仕事ということと給料がいいということで、結構、頻繁に募集に応募してくるらしい。
だが、大体が2日もしないうちに辞めてしまうのだという。
そして、その理由も単純なものだった。
「出るんだよ、ここ」
少しだけ先輩の顔が真剣になった。
「しかもさ、1人や2人じゃないんだよ」
その話を聞いて、俺は血の気が引いていくのが自分でもわかった。
「さらに厄介なのは、連れて行こうとするんだよ」
なんと、幽霊が出るだけじゃなく、あの世に連れて行こうとするらしい。
「だからさ、せっかく辞めないで残ったとしても、行方不明になっちゃうんだよ。だから万年、人がいない。ずっと続けてるのはリーダーくらいじゃないかな」
最初、俺はこのバイトを紹介してくれた先輩に感謝したが、今では真逆で、なんで紹介したんだと恨み始めている。
「大丈夫だって。俺がついてるんだからさ」
先輩の言葉は頼もしいけど、不安の方が大きい。
なので、1ヶ月くらいやって辞めようと考えていた。
そのときだった。
遠くで、女の子の笑い声が聞こえた。
当たり前だが、こんな時間に、こんな場所に女の子がいるわけがない。
すると、案の定、先輩が真顔で頷いた。
「無視だぞ、確認しに行くなよ」
そう言われたが、言われなくても見に行く気にはならない。
その後も、女の子だけじゃなく、男の叫び声や走り回る足音、壁を引っ掻くような音も聞こえる中で一通り見回りを終える。
一回の見回りだけで、精神的にクタクタになった。
「次まで寝てていいぞ」
そう先輩が言ってくれたが、この状況で寝れるほど神経は太くない。
気を紛らわせるように先輩と雑談し、また見回りの時間がやってくる。
さすがに初日と言うことで、今回も先輩がついてきてくれる。
とにかく、どんな音がしても無視しよう。
耳でも塞いでしまおうかと思っていた時だった。
物陰から、おかっぱの7歳くらいの女の子が、ジッとこっちを見ていた。
一見すると本当に普通の女の子に見える。
この時間で、この場所じゃなかったら、幽霊だとわからないくらいだ。
俺はチラリと先輩を見る。
先輩は女の子の方を見て、頷いた。
やっぱり先輩も見えているようだ。
先輩に言われるまでもなく、無視して歩き始める。
すると、今度は俺と同じくらいの男の人が歩いているのが見えた。
警備員の制服を着ている。
懐中電灯を持って、びくびくと震えながら歩いていた。
俺は一瞬、バイトのメンバーかと思った。
不意に声をかけようとしたとき、先輩に「待て」と声をかけられる。
「残念だけど、あいつも幽霊だよ」
もし、声をかけていたら連れて行かれるところだったらしい。
その後も、何人か幽霊を目撃した。
2日ももたないという理由が嫌というほどわかった。
それに、幽霊だというのに妙に生々しい。
本当に生きた人間が歩いているように見えた。
「確かめてみるか?」
先輩はそう言って、監視カメラの録画を見せてくれた。
どの映像にも俺しか映っていない。
つまり、見かけたのは全員幽霊だったと証明されたわけだ。
だから、俺は先輩にこう言った。
「すみません。やっぱり、俺、今日で辞めようと思います」
その俺の言葉を聞いて、先輩はこう返してきた。
「いや、もう遅いと思うぞ」

