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電車遅延はいいことがない。
せっかく早く出たとしても意味がなくなるし、いつもより電車内が混む。
俺にとって電車遅延はイライラの原因でしかない。
百害あって一利なし。
今までずっとそう思っていた。
けれど、あるとき後輩からこう言われた。
「いいじゃないですか。電車遅延。だって、堂々と遅刻できるんですよ」
まさしくコロンブスの卵だ。
そういう考えがあるのかと、驚いた。
確かに電車遅延なら遅刻も『しょうがない』ってなる。
だって、本人のせいじゃないのだから。
それに、誰だって一度は電車遅延に巻き込まれた経験があるから、なんとなく『大変だっただろう』と同情もしてしまう。
仮にそのせいで仕事が遅れたとしても、『仕方がない』という理由になるし、上司も他の人に『手伝う』ように指示しやすい。
そして何より、本人の評価はあまり下がらない。
まさにいいとこどりができるというわけだ。
ただ、一つだけ難点があるとするなら、自分でタイミングを計れないというところだろう。
ちょうどいいときに電車遅延してくれないと、単なるデメリットでしかない。
結局は運次第ということになるが、そもそもピンポイントのタイミングで電車遅延になるなんてほぼ0に近いのではないだろうか。
だが、その後輩はニコニコと笑いながら、こうも言った。
「この前も寝坊したんですけど、電車遅延で助かりましたよ。……あっ、これは内緒でお願いします」
そう言われてみると、この後輩が電車遅延するときは『そういうこと』が多い気がする。
納期がギリギリで、よく手伝った記憶がある。
さらに作業担当者を決める際に、いないことも多い気がする。
学生の時とは違い、いないからといって重いタスクを押し付けるなんてことはなかなかしない。
だから、結局は比較的な軽めのタスクをその後輩に割上げることが多くなっているような気がする。
つまり、電車遅延が後輩にとって都合のいいタイミングで起こることが多いということだ。
だからといって、電車遅延を都合のいいタイミングで起こさせるなんてことは無理だろう。
とはいえ、一度気になってしまうと、つい調べたくなってしまう。
すると、意外なことがわかった。
後輩にとって『都合のいい電車遅延』のほとんどは『人身事故』によるものだった。
そして人身事故なら、都合のいいタイミングで電車遅延を『起こす』ことができる。
――いやいや。それはいくらなんでもあり得ないだろう。
人身事故を意図的に起こすということは、殺人未遂どころか殺人だ。
仕事でちょっと楽するためにやることじゃない。
リスクが大きすぎる。
それにいくらなんでも、そんなことを続けていれば警察に怪しまれ、捕まるはずだ。
鉄道における人身事故は、1日平均で約2から3件以上発生しているらしい。
そう考えれば、たまたま自分に都合のいいタイミングで電車遅延になるというのも、ありがちないことではないのかもしれない。
そうやって納得するしかない。
なんて思ってた時だった。
ふと、ネットの記事に『最近、●●線で背中を押されるという事件が多発している』というのを見つける。
●●線というと後輩が使っている路線だ。
けれど、事件が発生している駅はバラバラで後輩が使っている駅じゃないところでも起こっている。
わざわざ、遠くの駅に行って、事件を起こしているんだろうか?
いや、そんなわけはない。
もし、そうだとしたらとっくの昔に捕まっているはずだ。
ただ、そこである考えが浮かんだ。
『誰かと協力してやっている』としたらどうだろうか、と。
例えばネットとかで募集して、まったく繋がりのない人たちがやっているとしたなら、警察も絞り込むことは難しいだろう。
俺のこんな考えは正直言って馬鹿馬鹿しいことだ。
ただ、何となく俺は面白いと思ってしまった。
明日から調べてみよう。
そう思いながらホームに立つ。
間もなく電車が来るとアナウンスが流れる。
そのとき、突然、俺は後ろから背中を押された。

