保険証

意味が分かると怖い話

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終電で帰り、始発で出勤する。
そんな生活を半年続けたら、頻繁に眩暈に襲われるようになり、夜も眠れなくなった。
忙しいので、放っておいたら出勤のときに駅のホームで倒れて病院に運ばれた。

診断は極度の過労だった。
さらに鬱にもなっているということで、通院することになった。

会社はブラックだと認定され、国の調査が入るらしい。
働いていた時は気付かなかったけど、なんてあんな労働条件で働いていたのかが不思議だ。
今ならさっさと辞めればよかったのにと思う。

会社でのパワハラのせいか、人と話すのも怖いので、病院に行くのも辛い。
それでも鬱を治さないと次の仕事を探すこともできないので、我慢して通院するしかない。

そんな私にも病院に行くときに唯一の楽しみがある。
それは病院の食堂だ。

ここの親子丼が本当に美味しい。
お昼ご飯に親子丼を食べるのを楽しみで通院できていると言ってもいいくらいだ。

ここで親子丼を食べているときは辛いことを全部忘れられる。
正直に言うと、精神科で貰える薬より、よっぽどここの親子丼の方が精神が安定する。

そして今日も通院日だ。
受付に向かおうとお思ったら、保険証が見当たらない。
どこかで落としたんだろうかと思って、慌てていたら、ポンと肩を叩かれた。
振り向くと若い男の人が立っていた。

「もしかして、これを探してますか?」

そう言って、私の保険証を出してきた。

話を聞くと、昨日の夕方に食堂に行ったらテーブルの上に置いてあったらしい。

そうだ。
確か、お昼ご飯の親子丼を食べ終わった後、財布の中を整理して、そのときに出してたんだった。
紛失しなくてよかった。

私はお礼を言って、保険証を受け取る。

世の中にはパワハラ上司みたいな人だけじゃなくて、こういう優しい人もいるんだ。
そう思うと、少しだけ、人が怖いという思いが薄くなったような気がする。

終わり。

■解説

保険証には顔写真は貼っていない。
では、なぜ、若い男はその保険証が語り部のものだとわかったのだろうか?
もしかすると、若い男は語り部のストーカーなのかもしれない。