悪魔の取引
少年はどうしても、新しいタブレットが欲しかった。
周りはみんな持っていて、少年が持っている古いタイプでは流行りのゲームもできない。
少年はみんなの話についていけないことも多くなり、孤立しつつあった。
母親に何度も買って欲しいと懇願したが、あんたには必要ないでしょの一点張りだ。
ある時、少年はこんな話を目にする。
自分の臓器を売って、スマホを買ったという話だ。
少年は臓器なら、売っても親にバレないだろうし、いい案だと思う。
そして、実際に臓器を買い取ってくれるところがないかを探し始めた。
そんな時、突如、少年の前に悪魔が現れて、ある提案をしてくる。
それは、悪魔と契約して、あるものを差し出せば、最新のタブレットを渡すというものだった。
少年は躊躇する。
悪魔なんかと契約したら、何をされるかわからないからだ。
だが、悪魔はそんな少年の心の中を読んだように、言葉を続けた。
「大丈夫。魂や寿命をよこせというわけじゃない。体の先っぽをちょっと貰うくらいだ。たくさんある、先っぽをね」
「健康には一切、影響しない。それどころか、お前が100歳まで生きれることを保証しよう」
「俺がもらうものは、最初から無い人間だっているし、生きていく中で無くなる人間だっている」
「多少は生活が不便になるかもしれない。だが、そのおかげで国からお金が貰えるかもしれないぞ」
「……え? 目だって? いやいや、そんなものは貰わないよ。見えなくなったら、せっかく貰ったタブレットでゲームができないだろ? 俺は悪魔だけど、そこまで酷いことはしないさ」
「しかも、親にバレないようにしてやるぞ。親の記憶を改ざんするから、お前が怒られるようなこともないのさ」
少年は少し怖かったが、悪魔と契約することにした。
どうしても、新しいタブレットが欲しかったのだ。
悪魔と契約を交わすと、少年の手には最新のタブレットが載せられていた。
少年はさっそく、起動させてゲームをしようとした。
しかし、あることに気付き、少年は最新のタブレットを叩き割った。
終わり。
解説
悪魔が契約で持っていったものは少年の指。
呪いのビデオ
昔、凄く流行った呪いのビデオ。
見た人は7日以内に、他の人に見せないと死ぬ、みたいなやつだ。
正直、俺は今の時代、そんなものがあるとは思ってもみなかった。
だって、ビデオの時代の話だから。
今なんて、ビデオデッキを手に入れることすら困難な時代だぞ。
信じろって方が無理な話。
だから、つい、ホラー動画を見るみたいな感覚で見てしまった。
というより、1万円を渡されて見て欲しいと、友人に頼まれたからだ。
今回の呪いのビデオは、7日以内に新しく3人に見せないといけないらしい。
今、地元で流行っていて、友人も友達に頼まれて、見てしまったのだという。
ビデオの内容は別に大したものじゃなかった。
いくつかのシーンが切り取られて、流されている感じで、面白くもなんともなかった。
もう少し凝ったのを作れと思ったほどだ。
次の日。
ニュースの中で、地元の人間が5人、同時期に不審死したことが取り上げられていた。
しかも、その5人は、当時はバラバラの場所にいたそうだ。
もしかしたら、呪いのビデオかもしれない。
俺は急に怖くなり、とりあえずAに呪いのビデオを見せた。
あと2人。
だが、呪いのビデオの噂と実際に5人が亡くなったことで、みんなが警戒を始めて、見て欲しいと言っても断られてしまう。
そうこうしている内に3日が過ぎる。
そして、またも不審死が出た。
俺はもう怖くなって、夜も眠れなくなった。
こうなったら、なりふり構っていられない。
俺は貯金を全額降ろして、10万を用意し、クラスのギャルっぽいCさんにビデオを見て貰った。
パパ活もやっている子で、10万を渡せば、すぐに見て貰えた。
これであと1人。
だが、俺はここで致命的なことに気づく。
貯金を全て使ってしまったので、同じ手は使えないのだ。
ヤバい。
そして、また3日が経った。
期日が迫っている。
そんな中、Aが不審死したという噂が耳に入った。
やっぱり、呪いのビデオは本物だったんだ。
俺はどうしようもなく、追い詰められた。
いやだ。死にたくない。
俺は5歳になる弟に呪いのビデオを見せた。
何とか間に合った。
弟のことはまた明日から考えよう。
俺は何日かぶりに、安心して眠りについた。
終わり。
解説
Aは、語り部よりも「後」に見たはずなので、語り部よりも「前」に死ぬのはおかしい。
ということは、Aは語り部よりも「前」に呪いのビデオを見たことになる。
そうなると、Aは既にビデオを見ているので、「新しく3人に見せないとならない」という条件に当てはまらない。
語り部は眠りについたが、再び、目覚めることは無い。
前世の記憶
俺には前世の記憶がある。
と言っても、最初からあったわけじゃなくて、15歳の頃、突如、思い出した。
なぜ、このときになんだろうと不思議に思ったが、すぐに納得できた。
それは前世のときに死んだ年齢だからだと思う。
いや、死んだというより殺された記憶だ。
同級生に後ろから殴られたところで、記憶が無くなっている。
最初は誰も信じなかった。
まあ、俺自身も半信半疑だったから、当然だと思う。
けど、一度も行ったことのない場所なのに、色々と言い当てることができたし、住んでる人のことだって、言い当てることができた。
前世で死んでから、生まれ変わるまで20年くらいしか経っていなかったというのもラッキーだった。
多少は変わっていたけど、逆に、変わる前のことを言い当てたことが、さらに信用を高めたんだと思う。
前世の俺は、見た目は全然違うし、生活も全く違った。
立ったり、話したりするのは他の子供よりも早かったそうだ。
子供の頃は神童なんて呼ばれていたらしい。
けど、家が貧乏だったせいか、成長するにつれ、俺は荒れた生活をするようになった。
いわゆる、不良とつるんで悪さばかりしてた。
喧嘩、万引き、カツアゲ。
そりゃもう、ホント、これでもかってくらい、悪さばかりしてたよ。
周りからは悪童なんて言われてさ。
死ねばいいなんて思われていたよ。
まあ、俺も今、前世の俺を見たら、同じことを思うんじゃないかな。
一番、ぶっ飛んでたのはアレかな。
17のときにおっさんを刺し殺して埋めたことかな。
いやあ、ホント引くよね。
あ、ごめん。
これは内緒ね。
……いや、いくら前世のことでもさ、嫌な記憶だよ。
早く忘れたいね。
せっかく生まれ変わって、まさしく第二の人生を歩めるんだから、今回は真面目に生きたいって思ってるよ。
周りの人に感謝されるような生き方をさ。
終わり。
解説
語り部の男は、前世は『15歳』で死んでいる。
しかし、語り部は『17歳』で人を殺していると言っている。
つまり、人殺しをしたのは、前世ではなく、生まれ変わった後。
語り部の口調も段々と崩れていっている。
前世は殺されているので、その復讐をした可能性が高い。
応援
僕は昔から、何をやってもダメだった。
勉強も、運動も、人付き合いも、何もかも。
それが原因で、学生の頃は酷いイジメにもあった。
でも逃げたくないって思って、意地でも登校拒否にはならなかった。
大学を出て、社会人になっても、何も変わらなかった。
学生の頃みたいなあからさまなものではなかったけれど、会社でも意地悪されることが多い。
何度転職しても、それは同じだった。
両親からは仕事を辞めて、生活保護をとったらどうかと提案されたけど、やっぱり僕は逃げたくなくて、意地でも生活保護は拒否し続けた。
でも、それにも限界がやってきた。
いや、限界というよりも、強制終了だ。
会社の先輩が不正に横領していたことを、全部、擦り付けられた。
会社は懲戒解雇となり、多額の賠償金を支払うこととなった。
両親は自殺し、身内は僕一人だけになった。
もう限界だ。
人生から逃げ出したい。
今まではどんなことからも逃げずにやってきたけれど、今回ばかりはもうダメだ。
僕は今、崖っぷちに立っている。
人生のどん詰まりという奴だ。
これ以上、生きていても良いことなんて、何もないだろう。
もう逃げたい、投げ出したい。
そんな気持ちでいっぱいだった。
だが、同時に恐怖心もある。
逃げ出して、投げ出して、その先に希望なんてあるのだろうか?
今まで、逃げずにやってきてたじゃないか。
そんなとき、ふと、ある女性のブログを見つけた。
彼女も僕と同様に何をやっても上手くいかないことがつづられていた。
それでも懸命に生きて、人生に立ち向かっていた記録が残されていた。
ブログを最後まで読んだとき、僕の中で勇気がわき上がってくる。
彼女が背中を押してくれた気がした。
そう。難しく考える必要なんてなかったんだ。
もっと気楽になればいい。
そう考えると、一気に心が軽くなった。
僕は一歩、大きく踏み出した。
終わり。
解説
語り部が崖っぷちに立っているのは、比喩ではなく、実際に立っている。
一歩、大きく踏み出せば、どうなるのか……。
女性のブログも、「最後まで」読んだとあるが、ブログは更新が途切れることは多いが、「最後」に締めくくるものは珍しい。
つまり、女性も「最後」を迎えたことになる。
その最後を見て、心が軽くなった、一歩踏み出したとあるので、女性も語り部と同じ道を辿ったという可能性が高い。
神父の告白
男は昔、ある罪を犯した。
幸い、それが公になることはなく、捕まって裁きを受けることはなかった。
しかし、男は罪悪感に苛まれて神父となる。
懺悔室で、罪を持った人を許すことで自分の罪も、いつか許されるのではと考えていた。
数十年が経ち、男の罪悪感が薄れはじめた頃、ある初老と男が懺悔室に入ってきた。
「私が悩んでいるのは殺人についてです」
いつもくる人間は小さな罪ばかりだったこともあり、男はその懺悔に対して真摯に耳を傾ける。
「子供は病弱でいつも家の中で過ごさせていました。ですが、なにかと外に出たいと我儘ばかりでした」
「だから、私はある日、外に遊びに出したのです。子供は久しぶりの外で、大はしゃぎをしていました。そして、いつの間にか目の届かないところに行ってしまったのです」
「私は慌てて探しました。ですが、ついに見つけることができませんでした」
「私が悔いているのは、このまま子供が見つからなければ私は楽になれるのではないかと思ってしまったことです」
それを聞いて、その程度なら罪にはならないから気にしなくても大丈夫と男は言った。
「いえ、私の罪は人殺しです。子供を浚った犯人を……」
そこで男は、あなたは子供を誘拐した男を殺して気が晴れたのか、と質問する。
「正直、わからないのです。それで子供が帰ってくるわけじゃありませんから。復讐なんてするべきではないのかと悩んでいます。ですが、子供のことを考えると、私は私自身を許せそうにありません」
それを聞いて男はある提案をした。
私は過去にある罪を犯した。そんな私をあなたが許す。そして、私はあなたを許す。
そうすることで、怒りを収めたらどうか、と。
「神父様はどんな罪を犯したのですか?」
男は今まで一度も話したことがないことを告白した。
私は昔、湖で6歳の女の子を溺れさせてしまったことがあります、と言った。
あれから私はずっと罪悪感に悩まされていた。赤い靴を見るだけで、その日の光景が今でも鮮明に蘇る。
もし、あなたに許してもらえたら、私の罪悪感もきっと消えてくれるはず、と。
「神父様、話していただいてありがとうございました」
初老の男は懐から銃を取り出して、こう言った。
「やっぱり、許すことはできません」
初老の男は神父の男を撃ち殺した。
終わり。
解説
懺悔に来た初老の男は、一度も「殺した」とは言っていない。
復讐するかどうか悩んでいた。
だが、神父の話を聞いて許すことができず、神父を撃ち殺した。
初老の男の子供を殺したのは語り部の神父の男で、その男と話して許せるかどうかを判断していたということになる。
ブラックサンタの贈り物
その少年は我儘で、町の住人の中でも有名だった。
また、最悪なことに少年の両親はかなりの富豪で権力を持っていることから、誰も少年に逆らうことができなかった。
少年は常に世の中を恨み、周りの人間を妬み、不公平を呪った。
両親の方も少年に対して負い目があるのか、少年の我儘を全て受け入れて叶えていた。
それがさらに少年を助長させるという悪循環を生んでいる。
どんなに憂さ晴らししても、少年の中の怒りや絶望、嫉妬は拭い切ることはできない。
そんなある年のクリスマス。
少年はサンタクロースに、あるプレゼントをお願いする。
それは「世界中の人間の両腕」というものだった。
そして、クリスマス当日。
少年の元にはたくさんのプレゼントが届いた。
ゲーム、漫画、映画、アニメが揃っていた。
少年は絶望し、自らの命を絶った。
終わり。
解説
少年は盲目。
そのため、健常者全てを憎んでいた。
なんで、自分だけが目が見えないという不自由を受けなければならないのか。
そこで、少年は世界中の人間の腕を消せば、同じように不便になると考えた。
(世界中が自分のように不幸になればいいと考えた)
しかし届いたのは、「見ることでしか楽しめないもの」ばかりのもの。
少年はこの先もずっと、プレゼントされたものを楽しむとができないと改めて提示されたため、絶望したのである。
マンションのエレベーター
俺は中心街からは外れているが、そこそこ良いマンションに住んでいる。
地下に駐車場があり、そこ車を停めて借りている部屋がある6階までエレベーターを使うのだ。
その日は残業で帰るのが遅くなり、マンションに着いたときには深夜の1時を過ぎていた。
電車だったらとっくに終電が過ぎている時間だ。
こういうとき、車通勤で良かったと思う。
地下に車を停め、エレベーターに乗り込む。
6階のボタンを押すとエレベーターがゆっくりと上がっていく。
この時間なら誰も乗り込んでこないだろうと思っていたら、1階でドアが開いた。
数秒すると小太りのおじさんが走ってきて、飛び込むように入ってきた。
間もなくドアが閉まり、ゆっくりとエレベーターが上がり始める。
「今、帰りですか? お互い、大変ですね」
俺は、息を切らせている、名前も知らないおじさんに声をかけた。
普段、あまり住人に会うことは無い。
だからこういうときに、世間話をして印象を良くしておかなければならい。
「ええ、全くです。たまには子供の寝顔じゃなくて、起きてるときに会いたいですよ」
おじさんはカバンからハンカチを出して、顔の汗を拭っている。
「帰ったら御飯ができているんでしょう? 羨ましいです。私は一人暮らしですから」
「いやいや。いつも、テーブルにはカップ麺とおかえりなさいの紙だけです。子供がいなかったら離婚してますよ」
苦笑いを浮かべるおじさんに、俺も同じく苦笑いで返すしかなかった。
気まずい空気が流れたと同時に、ポーンと音を立てて、エレベーターが4階で停まる。
ゆっくりとエレベーターのドアが開く。
「それじゃ、お休みなさい」
「おやすみなさい」
お互い軽く会釈をする。
そして、おじさんは身体を重そうに揺らしながらエレベーターを降りて行った。
エレベーターのドアが閉まり、6階へと上がっていく。
その中で俺はすぐに引っ越そうと決意した。
終わり。
解説
1階でエレベーターが停まった後に、おじさんが走ってきたということは、おじさんは停まる前にエレベーターの前に着いていないことになる。
(1階で誰かがボタンを押さなければ、そもそもエレベーターは1階で止まらないはず)
また、おじさんも語り部も、4階のボタンを押していない。
(語り部はおじさんの名前も知らないということは、何階に住んでいるかも知らないはずである)
ではなぜ、1階と4階でエレベーターが停まったのか。
このマンションには見えざる何かが住み着いている可能性が高い。
紛失したスマホ
今ってさ、ホントに便利になったよね。
スマホがあればなんでもできる。
逆に言うとスマホがなかったら、ホント不便、何にもできない。
スマホは肌身離さず持つべきだと思うよ。
その日、俺はデートだった。
最近、彼女は研究だか合宿だかで忙しくて全然会えなかったんだ。
だから、久しぶりのデートに、俺は浮かれていた。
こんなことを言うと、小学生かよって思われるかもしれないけど、楽しみで前の日はなかなか寝付けなかった。
で、目が覚めて、壁にかけてある時計を見たら待ち合わせの30分前。
めちゃくちゃ焦ったね。
すぐに用意して急いで待ち合わせ場所に向かったんだ。
まあ、10分遅刻して、彼女に奢る羽目になったんだけど、怒って帰られるよりは全然マシだ。
デートは上手くいって、すげー楽しかった。
楽しい時間はあっという間に過ぎてしまう。
外も暗くなってきし、俺は彼女に、俺ん家で飲まない?と誘った。
けど、明日は1限目から講義があるからって断られてしまった。
そういえば、俺も講義あったかなって思って、携帯でスケジュールを調べようと思ったんだけど、そのときに携帯がないってことに気づいた。
最初はポケットとか、カバンの中にあるかなと思って調べたけど見つからない。
ヤバい。落としたか? って思って、彼女から携帯を借りて鳴らしてみることにした。
彼氏と登録された番号にかけてみる。
周りで鳴っている音はしない。
つまりこの場には無いということだ。
もう一回鳴らしてみる。
誰かが拾ってくれたんだとしたら、もしかしたら出てくれるかもしれない。
しかし、俺の願いも虚しく、誰も出てくれない。
彼女が家に忘れたかもしれないよ、と言ってくれたので、帰って家の中を調べることにした。
家の中を調べてみたけど全然見当たらなかった。
ホント、携帯がないと暇でしかたない。
パソコンも持ってないし、何もすることがなかった。
だから、今日は早く寝て、講義が終わったら携帯屋に行くことにした。
次の日。
なんと、俺の携帯は大学の落し物のところに届いていた。
ふう、助かった。
ホッとして携帯を見ると1件だけ着信があった。
母からだった。
俺は久しぶりに母に電話を掛けた。
終わり。
解説
彼女の携帯から「彼氏」に登録された番号に掛けたのに、語り部の携帯には母親からしか着信がなかった。
つまり、彼女の携帯の「彼氏」には別の人の番号が登録されていることになる。
そして、しばらく会えなかったのも、彼女が彼氏と会っていたという可能性が高い。
トンネル
トンネルってさ、心霊スポットになることが多いよね。
異世界に繋がってるとかっていう都市伝説とかもあったりするし。
どこにでも一つくらいはあるんじゃないかな。
トンネルが心霊スポットになってるところって。
もちろん俺が住んでるところにも、心霊スポットになってるトンネルがある。
きっかけはなんだったかは忘れたけど、とにかく肝試しをしようってことになって、友達と3人でトンネルに行こうって話になったわけ。
3人の中で車を持ってるのは俺だけしかいなくてさ、俺が運転していくことになったんだよね。
まあ、深夜のテンションってこともあって、行くときは車内はすげー盛り上がってたんだよ。
けどさ、友達の1人が急に怪談話を始めたの。
結構、ガチ目で怖いやつ。
しかも、そいつ、話が上手くて俺ともう1人は凄い聞き入っちゃうくらい。
ドンドン背筋が寒くなっていったのが、自分でもわかったんだよね。
それはもう1人の友達も同じだったみたいでさ、時々、生唾を飲み込んでたよ。
さらに最悪なのが、その話のオチが、今から行くトンネルの話だったって言い出してさ。
あれにはマジで殺意が湧いたね。
本当は帰ろうって言いだしたかったけど、行く気満々で出発したこともあって、誰も帰ろうって口に出さなかったんだ。
しばらく車内が沈黙になってたときに、目的のトンネルに着いた。
このトンネルは心霊スポットになるくらいだから、ほとんど車は通らない。
だけど、封鎖されているってわけじゃないから、もしかしたら車が通る可能性もある。
俺はトンネルに向かって、左側の端に車を停めた。
これなら他に車が通っても邪魔にならないだろう。
停めてからしばらくは、誰もしゃべらないし、動こうとしなかったんだ。
で、俺は言っちゃったわけ。
「着いたぞ」って。
そしたら、怪談話をした友達が「ああ」って言って車を降りてしまった。
もしかしたら、この時「帰ろうか」って言えば2人とも同意してくれたかもしれない。
でも、1人が降りたもんだから、俺ももう1人も車から降りるしかなかった。
いや、深夜のトンネルってホントヤバいよ。
しかも古めのトンネルだから中に電灯とかついてないんだよね。
ホント、真っ暗。
怪談話をした友達がスマホを出して、ライト機能を使って中を照らす。
そして、「行くぞ」って言い出した。
マジかよ。
歩き出したそいつを先頭に渋々俺達はついて行く。
トンネルの中は妙に静かで、俺たちの足音だけが響いてた。
音が反響するのも、凄い怖かったよ。
3人とも無言で進んで行ったんだけど、トンネルの半分くらいまで来たときだったかな。
いきなり「はは」っていう笑い声が聞こえたんだよね。
俺はそのとき、2人のどっちかが怖すぎて思わず笑ってしまったんだと思ったんだ。
けど、それは2人も同じだったみたいで、3人が顔を見合わせた。
で、全員が首を横に振った。
誰も声なんか出してなかったんだ。
すると今度は笑い声と一緒に、コツコツコツって足音が近づいて来るのが聞こえた。
絶対、俺達じゃない。
だって、俺達は立ち止まってたから。
3人とも固まってる中、足音が近づいてくるのがわかる。
前の方からゆっくりゆっくり、こっちに近づいて来る。
「逃げるぞ!」
ライトを持った友達が叫んで振り返り、入り口に向かって走り出した。
その声で俺ももう1人もハッとして、そいつの後を追って走り出すことができた。
そしたら、コツコツコツって足音も早くなってきてさ。
あっちも走ってる。
もう全力で走ったね。
息が苦しいとか足が痛いとか、そんなの考える間もなく、とにかく全力で走ったんだ。
物凄く長く感じたよ。
そのときは、このままトンネルから出られないんじゃないかって思ったくらい。
で、やっとトンネルの入り口が見えてきたわけ。
助かったって思ったけど、後ろから追ってくる足音も近づいてきてるのがわかったから、気が気じゃなかったよ。
トンネルから出て、3人でそのまま駆け込むように車に乗り込んだ。
「早く出せって!」
友達に急かされて、俺は慌ててエンジンをかけた。
同時に、後ろでバンって車を手で叩くような音が聞こえた。
「なにやってんだよ!」
友達が怒鳴る。
俺は思い切りアクセルを踏んだ。
車は急加速して発進する。
とにかくアクセル全開で逃げたね。
30分くらい走って、ようやく街灯がある場所に辿り着いた。
後ろを見ても何かが着いて来ているってことはなかった。
とりあえず、その日は俺ん家で3人一緒に寝たんだ。
まあ、実際は3人とも寝られなかったんだけど。
それにしても、もしあのとき発車するのがもう少し遅れてたらどうなってたんだろうか?
いや、ホント、無暗に心霊スポットなんかに行くもんじゃないよ。
終わり。
解説
トンネルに入る前、語り部は車を「左側」の道路に停めたと行っている。
つまり、車はトンネルに向かう方向で停められていたことになる。
しかし、トンネルから出たときは、乗り込んで、そのままアクセルを踏み込んで逃げている。
本来であれば、トンネルに向かって車を停めているのでそのまま進めば、トンネルに入って行くことになる。
しかし、語り部たちはそのまま走り出して逃げることに成功している。
つまり、トンネルに入る時と出た時で、車の向きが変わっているということになる。
もしかすると、語り部たちはトンネルに入った時とは別の世界に出たのかもしれない。
彼女の友達
俺は大学に入って、初めて彼女が出来た。
大学に入るのをきっかけにイメチェン、いわゆる大学デビューしたのが功を奏したようだ。
引っ込み思案で人見知りな俺とは正反対の彼女は、明るく誰にでも好かれる性格をしている。
そんな彼女がなぜ俺と付き合っているのか、今でもよくわからない。
でも、そんなことを悩むよりも彼女に嫌われないように、好きでい続けてもらうために努力するだけだ。
そんな彼女はとにかくメールが好きで、事あるごとにメールを送ってきてくれる。
一度、彼女がスマホでメールを打つのを見ていたけど、尋常じゃないスピードだった。
なにより凄いと思ったのが、画面を見ないで文字を打てることだ。
彼女はパソコンのブラインドタッチと同じだよと笑うが、俺は未だにメールを打つ速度が非常に遅い。
それでも、彼女からメールが来れば、なるべく早く返すようにしている。
そして、彼女には中学の頃からの親友がいる。
その子も彼女と似たタイプで、明るく人懐っこい。
さらにメール好きというのも同じだ。
しょっちゅう、メールを送り合っているのだそうだ。
彼女と彼女の友達と書いているとわかりづらいので、彼女をA、彼女の友達をBちゃんとしておく。
とにかくAとBちゃんは物凄く仲がいい。
俺とAとのデートに、時々Bちゃんがくっついてくるくらいだ。
だから3人で遊ぶことも多い。
よく、俺とAを見ながら、Bちゃんがいいなーと言っていた。
Bちゃんは自分も彼氏がほしいと、よくぼやく。
なかなか彼氏ができないようだ。
Aも、Bちゃんならすぐできるはずなのにと、不思議がっていた。
正直に言って、俺もBちゃんなら逆に選びたい放題なんじゃないかって思っていた。
それくらい、Bちゃんは可愛い。
Aと付き合い始めて1年が過ぎた頃だっただろうか。
俺の身にちょっとした異変が起こり始めた。
捨てアドから俺のアドレスに「好き」と送られてきたり、俺の隠し撮りした写真が送られてきたり、家の前にプレゼントが置かれていたりした。
いわゆるストーカー行為のようなことをされたのだ。
Aは俺に、「モテてよかったね」と言って若干不機嫌になった。
でも、俺が「冗談じゃないよ」というと、誰がストーカーしてるのか調べてみるねと言ってくれた。
Bちゃんは、Aがモテるからその嫉妬でやられたんだよと言い、そのうち収まるよと笑っていた。
ストーカーを無視しながら過ごしていたある日。
俺のスマホに捨てアドから「殺す」というメールが送られてきた。
あまりの急なことに、俺は戸惑った。
なぜ、好意がいきなり殺意に変わったのか。
身の危険を感じて、俺はすぐAに「これから警察に相談してくる」とメールをした。
その準備をしているとAからメールが返ってくる。
開いてみるとこう書いてあった。
zhTGs
kAg
なんだろう? 打ち間違いかな?
そう思っていると、家のインターフォンが鳴った。
Aが来たのかなと思ってドアの方へ行くと、AではなくBちゃんだった。
「急いで伝えたいことがあるの! 開けてくれる!?」
俺はわかったと言って、ドアを開けた。
終わり。
解説
Aはメールが好きで、画面を見ないで素早く文字を打つことができるという特技がある。
そこで、Aから送られてきたメールの内容だが、スマホの画面を見ると分かりやすい。
Aはひらがな入力ではなく、間違えて英語入力の画面でメールを打っていたのだ。
(画面を見ないで打ったので、本人は気付かなかった)
「#zhTGs」をひらがな入力で打つと「入れちゃダメ」
「kAg」は「にげて」になる。
つまり、Aは犯人がBだと気付き、語り部の元に向かっていることを知って、慌ててメールを送ったのである。
また、「語り部がストーカー行為をされている」と言っているのに、Bの反応は「Aがモテるからその嫉妬でやられた」と、真逆のことを言っている。
つまり、語り部がストーカーをされているのではなく、Aに好意を持つ人が語り部を排除しようとしていると言ってしまっている。
BはAのことが好きで、語り部に取られたことが許せなかったのである。