二重人格
俺は二重人格だ。
病院では一種の睡眠障害だと診断されたが、そんなわけはない。
ベッドから起き上がって、財布を持って玄関のカギを開けて、店に行く。
商品をカゴに入れてレジでお金を払って家に帰り、カギを閉めて家に入る。
知らない間に買い物をするなんて、睡眠障害じゃありえない。
夢遊病だったとしても、さすがにここまで出来るはずがない。
俺は深い眠りに落ちると、一定時間、どんなことをしても起きないという症状なのだが、その間に別人格に移り変わっているのだと思う。
幸いなのが、俺の別人格が何か外で問題を起こすことはないということだ。
別人格は他人に見つからないようにこそこそと行動する性格らしい。
その部分は本当によかった。
だけど、やっぱり勝手に買い物をされるのは辛い。
バイトも掛け持ちしないとやってなれない。
それと物を勝手に食べられるのも、正直イラっとする。
楽しみに取っておいたものが食べられた時は、本当に悔しかった。
今も起きたらテーブルの上にカップラーメンの空の容器が3つも並んでいる。
どれも期間限定のものばっかりだ。
今はもう売ってないやつで、楽しみに取っておいたものだったのに。
しかたない、違うのを食べるか。
俺はため息をついて、冷蔵庫を開いた。
終わり。
解説
いくら二重人格でも胃袋は同じ物のはずである。
3つのカップ麺を食べたはずの後に、お腹が減っているのはおかしい。
つまり、語り部は二重人格ではなく、知らない誰かが家に住み着いている可能性が高い。
また、その誰かは語り部が睡眠障害であり、途中で起きないことを知っていて、勝手に語り部の財布を持って買い物に行っている。
指
俺ん家は農家なんだけど、昔から何かとよく手伝わされていた。
大規模じゃなくて、家族でやるくらいの小さい規模だ。
繁忙期でも手伝いの人やバイトを雇うことなく、全部、家族だけで乗り切ってた。
だから、当然、俺もそのときは無理やり手伝わされてたわけで。
中学まではそれが本当に嫌で、よく親に「バイトを雇えばいいだろ」と言って反抗していた。
だけど、そのたびに「じゃあ、あんたの小遣いを0にして、その分で雇う」と言われて、何も言えなくなった。
高校に行くようになってからは、俺も周りも繁忙期は家の手伝いがあると割り切ってしまっていた。
繁忙期になると周りも気を使って遊びには誘ってこなくなった。
で、その頃になるとおじいちゃんが、そろそろ草刈機を使っての作業をやってもらうと言い出した。
ただ、この草刈機は危険で、下手をすると指を落とすなんてことも珍しくないとのことだ。
ゾッとする俺を見て、おじいちゃんが「大丈夫だ。家族全員、指を落としてる奴はいないだろ?」と言ってきた。
でも、「怖いという思いは決して忘れるんじゃないぞ」とも助言された。
だから、絶対に教わった使い方を破ることはしないと心に誓ったものだ。
だけど、どんな作業にも必ず慣れというものが存在する。
俺もその例に洩れず、面倒くさい手順を飛ばすこともするようになった。
そんなある日。
いつものように草刈機を使っていると、地面に指が落ちているのを見つけた。
小指だった。
切れ口がスパッと綺麗な断面になっている。
それを見て俺は血の気が引いた。
気を付けて作業しよう。
この日から俺はいくら面倒くさくても、手順を飛ばすことはしなくなった。
終わり。
解説
語り部の家は農家だが、作業は必ず家族だけでやっている。
そして、家族全員、指を落としている人間はいない。
また、「綺麗な断面」と言っていることから、その指は「真新しい」ということである。
では、語り部が見つけた指は、一体、誰のものなのだろうか。
刑務官
俺は刑務官をしているんだけど、上司の命令で執行担当にされたんだよね。
あれだよ。死刑執行のときにボタンを押すやつ。
いや、本当に勘弁してほしい。
別に執行担当を悪く言うってわけじゃないんだけど、俺には無理って話。
ボタンが5個あるから、誰が『そのボタン』を押したかわらかないようになっているんだけど、それでも俺には荷が重い。
人を殺したかもしれないなんて、たとえ可能性だったとしても耐えられる自信がない。
先輩とかに話を聞いたら、執行担当になるのなんか、全体の0.1パーセントくらいって話だよ。
あーあ。なんでそんなのに当たっちまうかな。
俺って昔から、変なところで運がいいというか、悪い。
なんとか代わってもらえないかと思って、同僚とかに頼んでみたけどダメだった。
こうなったら、当日は体調不良で休むしかない。
と、思っていたら上司に「当日休んだら、どうなるかわかるな?」と念を押されてしまった。
手当も出るし、なんなら俺がしばらく晩飯を奢ってやると上司から言われたけど、逆に俺が奢るから代わって欲しいくらいだ。
執行の前の日は、一睡もできなかった。
ウトウトしては、自分が押したボタンで執行されるという夢を見て起きる。
本当に俺は気が小さい。
よく刑務官になれたもんだと自分でも思う。
そして、当日。
ギリギリのところで俺はあることを閃いた。
それは『押したフリ』をするというものだ。
そうすれば、俺は確実に執行したとはならない。
良かった。
さすが俺。ナイスだ俺。
ギリギリでナイスな名案が浮かぶなんて。
自分で自分を褒めてやりたい。
そして、ついにボタンを押すように合図が出る。
俺はボタンを押したフリをした。
すると、もう一回押すように指示が出た。
終わり。
解説
もう一度押すように指示が出たということは、執行がされなかったということになる。
つまり、語り部が『執行ボタン』だった。
語り部は100パーセント執行したくないと思い、不正をしたが、逆に100パーセント自分が執行したことになった。
冷凍倉庫
俺は冷凍食品工場で働いている。
その工場の規模は小さく、家族経営をしているようなところだ。
最近は不景気のせいで工場の経営も厳しいらしい。
元々、そんなに多くない従業員をリストラして何とか経営を保っているとのことだ。
出ても地獄、残っても地獄。
俺は残った方で、職こそ失うことはなかったが、代わりに3人分の仕事をしなくてはならなくなった。
一人での冷凍倉庫内の作業。
ドアが閉まらないようにするストッパーは忘れないようにする。
ドアは内側からは開けられないのだ。
何かあっても助けてもらえるとは限らない。
早朝から始めて夜遅くまで作業をして、ようやく終わるくらいの仕事量だ。
同僚に手伝いなんて頼めない。
同僚も同じように忙しいのだ。
一人で黙々と作業をする毎日。
もう、数ヶ月、会社の人間に会ってないような気がする。
そんな忙しい中、社長が様子を見に来た。
しかも、孫を連れて。
ガキどもは冷凍倉庫が珍しいのか、走り回って遊んでいる。
社長はというと、ガキどもを放っておいて他の場所へと行ってしまった。
俺が必死に仕事をしている中、ガキどもが周りで遊んでいる。
倉庫の中の色々なところのドアを開けて回っている。
俺は我慢の限界が来て、ガキどもをとっ捕まえて、頭を殴った。
ドアはちゃんと閉めろ、と怒鳴るとガキどもが泣き始める。
一瞬、ヤバいか? と思ったけど、それでクビになるならそれはそれで良いとさえ思った。
それくらい、今の俺は忙しすぎて追い詰められていた。
泣き続けるガキどもにイライラして、倉庫から出て行けとさらに怒鳴った。
ガキどもはトボトボと倉庫を出ていく。
社長が怒って怒鳴り込んでくるかと思ったが、結局、社長がやってくることはなかった。
これで集中して業務を続けられる。
……それにしても、今日はなんか冷えるな。
終わり。
解説
倉庫内は温度が管理されているはずなので、『冷える』ということは基本あり得ないはずである。
では、なぜ、いつもより冷えると考えたのか。
それは語り部が子供に「ドアはちゃんと閉めろ」という言葉に原因がある。
そう。子供たちは倉庫を出るときに、ドアを閉めてしまったのだ。
そして、語り部は一人で業務をしているので、誰にも気づかれない可能性が高い。
ネット通販
最近は仕事が忙しくて、毎日、終電で帰って来ることが多い。
だから、休日もほとんど出かけることなく、寝て過ごしていることが多い。
買い物に行くのもダルくて、今ではほとんどの物はネット通販で家に届けてもらっている。
家にいたままで物が届くなんて、本当に便利な世の中になったね。
でも、たまに熟睡しててインターフォンに気づかないときもある。
届くのが遅いなーって思ってたら、ポストに不在票が入っていて慌てて再配送を頼むことも少なくない。
バタバタとする毎日が過ぎていったが、仕事も落ち着き始めた。
上司から、平日に休みを取ってもいいと言われたときは、飛び上がるほど嬉しかった。
久しぶりの平日のお休み。
家で寝ているのももったいないので、映画でも見ようと思ってネットでチケットを予約した。
最近は仕事で忙しかったけど、月に数回は見るくらい映画好きなのである。
久しぶりの映画に大満足して家に帰る。
するとポストに不在票が。
そういえば、通販で化粧品を頼んでいたんだった。
不在票にはマジックでデカデカと、受け取ってから映画行け!と書かれていた。
相当お怒りのようだ。
ホント、すいません。
次回から気を付けます。
心の中で謝り、私は再送の電話をかけた。
終わり。
解説
配達員が、語り部が「映画」に行っていることを知っているのはおかしい。
平日の昼であれば、仕事や買い物だと考える方が自然である。
配達員は語り部の生活を必要以上に知っている可能性が高い。
遭難
僕は小さい頃から山登りが好きで、よく父親に付き合ってもらって、一緒に登山をしていた。
高校の時は友達を誘って、登っていたくらいだ。
とは言っても、ガチガチにストイックな登山じゃなくて、ゆっくりと楽しめる低めの山ばかり登っていた。
道なんかもしっかりとした、遭難なんてまずすることのないような山ばかりだ。
だから、友達も誘えたし、長く続く趣味にもできた。
大学に入ると、山岳部というのがあったので、さっそく入部することにした。
考えてみると、それが間違いの元だった。
大学のサークルなんて、女子とかと楽しくやるものなんていう固定概念があったのだけど、山岳部はまるでその想像と違っていた。
女子なんか一人もいない。
山登りもガチガチのストイックモード。
山登りの装備も一式揃わされて、月に一回は登山に連れていかれた。
楽しむなんて余裕はない。
いつもついていくので必死だった。
登っている間も、なんで僕はこんな厳しい訓練のようなことをさせられているんだろう?と疑問に思うことも多かった。
だけど、そこに転機が訪れる。
ガチガチの山岳部のメンバーが卒業していったのだ。
で、残った部員は僕と同じように、緩い登山が好きってタイプだけだった。
僕たちはすぐに登山部から名前をワンダーフォーゲル部に変更し、登山を楽しむサークルにしようと決めた。
その甲斐もあり、女子も数人入って来て、まさに登山を緩く楽しむサークルになった。
それから数ヶ月後が経った頃。
いきなり、山岳部の部長だった人が様子を見に来た。
いきなりのブチ切れ。
その場で、僕たちを殴り飛ばし、それを見た女子たちは泣き始める始末。
もちろん、次の日、女子たちは全員、退会していった。
山岳部の元部長の怒りは留まることを知らず、合宿だと言い始め、月に一回、ガチの山登りに連れていかれる羽目になった。
僕たちはひたすら元部長の怒りが静まるのを待ち、山岳部に来なくなるように祈り続けた。
だが、その祈りも虚しく、冬が訪れても元部長は僕たちを冬山へ、合宿と称して連れ出していた。
そして、その年の年末。
元部長が、山岳部のときでも登らなかった山に挑戦すると言い出した。
なんとか止めてもらうと説得したが、それがかえって逆効果になり、結局、行く羽目となった。
本格的な冬山はまさに地獄だった。
装備をそろえてあるとは言っても、快適なわけではない。
ギリギリ生きてられるといった感じだ。
勢いで決めたこともあり、最悪な事に元部長は天気を調べずに登り始めた。
まあ、僕たちも調べなかったから同罪なんだけど。
あのとき、調べていたら悪天候を理由に止められたかもしれない。
でも、まあ、今となっては結果オーライだ。
山の4合目くらいまで来た頃だっただろうか。
急に、元部長が焦り始めた。
いつの間にか、ルートを外れていたらしい。
僕たちは完全に元部長を信じていた……というか、ついて行くので必死で、ルートのことなんて気にしていられなかった。
ウロウロと歩き回り、あたりが暗くなってきた頃、最悪な事に吹雪始めた。
あわや、こんな場所でビバークか、と思ったが、メンバーの一人が遠くにある小屋を発見した。
それは小屋というか、倉庫に近かった。
作りが雑で、かろうじてドアが付いているが、隙間から風が入ってくる。
当然、暖房の器具なんかはない。
だけど、テントよりはまだマシだということで、元部長はここで一晩を明かすと指示した。
もちろん、反対する人はいなかった。
というか、そんな元気もなかった。
簡単な食事を取り、あとはひたすら朝が来るまで待つこととなる。
だが、予想外にこの小屋は酷かった。
隙間風と一緒に雪が入って来る。
体感的には、外とあまり変わらなかったのではないだろうか。
夜の12時が回った頃、元部長はガタガタと震えながら、「寝たら死ぬ」と言い出した。
確かに、死んでもおかしくないくらい寒かった。
しかし、僕たちは登山の疲れもあり、気を抜くと眠ってしまいそうだった。
そこで、元部長が「スクエアをするぞ」と言い出した。
スクエアとは有名なアレだ。
四隅に人を配置して、一人が隅に行って、隅にいる人を起こす。
そして、起こしに来た人はその場に留まり、起こされた人は次の隅に行ってそこにいる人を起こす。
これを繰り返して、眠るのを防ごうというものだ。
今、ここにいるメンバーは元部長を含めて全部で4人。
奇しくも、スクエアの話と同じ状況だ。
スクエアの話では謎の1人が現れて、スクエアが成功するという話なのだが、それを期待するわけにはいかない。
そう。スクエアをやるには「5人」必要なのだ。
そこで元部長は「三角形でやるぞ」と言い出した。
四隅を使うのではなく、部屋を斜めに横切ることで人を配置するのを3点にする。
こうすることで、4人でもスクエアが出来るというわけだ。
まあ、三角形だとスクエアじゃないんだが。
小屋の真ん中にランタンを置くことで、その明かりを目印に、対角線上に移動するというわけだ。
幸い、小屋はそこまで大きくないので、ランタンの明かりで四隅までぼんやりだが、見える。
4人によるスクエアが始まった。
なん十周しただろうか?
とにかく、脳死で順番が来れば次の場所にいく。
それだけを考えていた。
そして、ようやく朝を迎えることに成功した。
運が良いことに、僕たちはすぐに救助された。
メンバーの一人が、親に登山のことを詳細に話していたそうだ。
というより、いきたくないと愚痴を言っていたらしい。
その日のうちに連絡すると言っていたのに、連絡がなかったのですぐに救助を呼んでくれたそうだ。
命拾いをした。
だが、一つだけ、不幸なことが起こった。
それは元部長が朝になると凍死していたのだ。
検死結果によると、元部長は深夜の2時にはもう亡くなっていたらしい。
では、僕たちがやっていたスクエアはなぜ成功したのか。
元先輩がいなければ、スクエアは成功しないはずだ。
もしかしたら、スクエアの話と同様に、あの場に幽霊がいたのかもしれない。
終わり。
解説
まず、登山のメンバーは全員、元部長のことを嫌っていた。
次に、語り部は途中で今回のことを「今となっては結果オーライ」だと言っている。
そして、メンバーたちが一晩を越した小屋は小さく、部屋の中央に置いたランタンで、四隅がぼんやりとでも見えると発言している。
ということは、3人が、スクエアをしているのに、元部長が死んでいることに気付かないわけはない。
(倒れているのが見えるはずである)
つまり、3人は共謀して、元部長を起こさなかったと考えられる。
元部長の場所を外し、3点ではなく2点でスクエアをやって夜を明かしたのである。
通り雨
不景気のせいか、最近、妙に治安が悪くなっている気がする。
近所でも、空き巣や強盗が頻発しているらしい。
親からも注意しろと言われているから、夜遅い時間は出歩かないようにしてるし、戸締りもしっかりやっている。
一人暮らしは何かと怖い。
だから休みの日でも、暗くなる前に家に帰るようにしていた。
その日も、夕方になったので家路を急いでいたんだけど、途中で人だかりができているのを見つけた。
家の周りに大勢の人が集まっている。
なんだろう?
そう思ってのぞき込もうとしていたとき、後ろからポンと肩を叩かれた。
振り向くと、そこには高校のときに仲が良かったKがいた。
卒業以来の再開に、私のテンションは一気に上がった。
「Kじゃん、元気だった?」
「元気元気。まあ、貧乏だけど」
「あははは。それは私も同じだよ」
高校時代のように軽口を言い合いながらも、やっぱり人だかりが気になった。
「ああ、あの人だかり? なんか、あの家で強盗殺人があったみたいだよ」
「うっそ! 怖いね」
「最近、こういう事件多いもんね」
「うん。だから、私も結構、気を付けてるよ」
「でも、犯人は返り血を浴びてるから、すぐ見つかって捕まるんじゃないかな」
「そうなんだ。早く捕まってくれるといいんだけど……」
「連続殺人犯だから、警察もきっと力を入れて捜査すると思うよ」
Kの言葉にホッとしたときだった。
ポツポツと雨が降ってきた。
「うそー! 雨? 予報じゃ0パーセントだったのに」
「通り雨ってやつだね」
「私、傘持ってないよー」
私がそう言うと、Kは持っていたカラフルな傘をバッと広げた。
「相合傘、する?」
悪戯っぽい笑みを浮かべるK。
ちょっと恥ずかしかったけど、濡れるよりはマシ。
「じゃあ、お願いしようかな」
私はKの傘に入った。
そして、高校時代の思い出話をしながら帰った。
終わり。
解説
Kは強盗殺人、犯人が返り血を浴びているだろうこと、犯人は連続殺人犯だと妙に詳しすぎる。
さらに、天気予報で雨が降ると言っていないのに、Kが傘を持っているのも怪しい。
Kが強盗殺人犯の可能性が高い。
Kはカラフルな傘を使って返り血を避けたと考えられる。
怖がりな住人
私が住むマンションには、とても怖がりな男の住人がいる。
夜になると、極力、部屋から出ないようにしていて、もし夜に出かける必要がある場合は、ライトとお札を握りしめて出かけている。
その男を見て、失笑する人も多い。
私もついつい、意地悪してしまったりもする。
その日は残業だったのか、その男の帰りが夜の12時過ぎだった。
案の定、お札をカバンの中から出して、お祈りしながらエレベーターのボタンを押した。
エレベーターが1階まで降りて来るのを、今か今かと待っている。
そして、ついに1階まで到着し、急いでエレベーターに乗り込んだ。
男は自分の部屋がある4階のボタンを押す。
しかし、3階でエレベーターが止まった。
私が押したから、当然なんだけど。
すると、男は慌てて3階で降りてそこから階段で4階に上っていった。
相変わらず怖がりのようだ。
終わり。
解説
語り部は幽霊。
有名レストラン
女は人気の映画を一人で観に行ったときに、同じく一人で来た男と話が盛り上がった。
何度か、一緒に出掛けるようになった頃、二人は付き合うようになる。
男は実業家で、なかなか会えなかったが、いつもデートの時は高級な場所に連れて行ってくれるので女は満足していた。
あるとき、男が女にあるレストランに誘ってきた。
それはエンゲージレストランと噂されていて、一緒に行けば二人は結ばれるのだという。
噂を聞いて、ずっと興味を持っていたと男が話す。
だから、初めては君と行きたいと言われた女は、OKと即決した。
そして、次のデートの日。
男と一緒に女はそのレストランへ行った。
女は高級レストランに若干、緊張していたがそれを悟られないように平静を装う。
席に着くと、男はウェイターにコースを注文する。
ウェイターは間もなく、二人の前のグラスに白ワインを注ぐ。
二人は軽く乾杯して、グラスのワインを飲み干した。
そのワインで酔ったのか、女は緊張がほどよく解れ、料理を楽しむ。
その料理が美味しいのもあり、女のワインも進んだ。
すると女がふと、こんなことを言った。
「どうして白ワインなのかしら? 周りは赤ワインみたいだけど」
「僕は赤よりも白が好きなんだよ。でも、確かにこの料理には赤が合いそうだ」
男はそういうとウェイターを呼び、女の方にと赤ワインを注文した。
女はそんな男の気配りと、高級レストランにすっかり気を良くする。
そして、女は最高のひと時を過ごした。
終わり。
解説
男はこのレストランに初めて来たはずなのに、ウェイターが男が「白ワインの方が好き」と知っている。
(コースを頼んだ後に、何も言わずに白ワインを持ってきたことから)
ということは、男はこのレストランは初めてではなく、常連。
つまり、男は何股もかけていて、色々な女性をこのレストランに連れてきている可能性が高い。
スリ師
男は物心ついた頃にはスラム街に住んでいた。
何も持たない男は、生き延びるためには他人から奪うしかなかった。
だから、奪われることに関しても受け入れていて、取られる方が悪いと考えている。
男にとって盗みは普通であり日常であった。
ただ、男には一つのポリシーがある。
それは人を傷つけないということだ。
理不尽な暴力は男にとって不幸であり悪だった。
男自身にとっても暴力を避けることを最優先にしている。
だからこそ、それを他人にも行わない。
盗むときも無理やり奪い取るのではなく、本人にも気づかない間に取る術を身に着けた。
男は立派なスリ師になった。
男に取れないものはないとまで言われるようになった。
そして、男はそんな自分に誇りを持っている。
しかし、男はある日、男にとってとても大切なものを取られた。
その日以来、男がスリを行うことはなくなった。
終わり。
解説
男が取られたものとは『命』だった。