■本編
ある日、突然、郵便受けにある封筒が届いた。
それは陪審員制度のもので、私が陪審員に選ばれたということだった。
珍しい機会なので、私は参加することにした。
受け持った事件は強盗殺人。
一人暮らしの女性の家に押し入り、女性を襲ったのちに殺害、金品を奪って逃走という内容だった。
被害者の女性は、ちょうど私と同じ年だった。
私は犯人に物凄い憎悪を抱いたことは、今でも覚えている。
犯人にアリバイはなく、動機も状況証拠もそろっているようだった。
争点になったのは2つ。
凶器と女性を襲ったかどうかだった。
犯人は被害者と顔見知りであり、密かに思いを寄せていたのだという。
遺体の服は脱がされてはいたが、犯人の体液等は一切付着していなかった。
そして、凶器はアイスピックのようなものとされていたが、凶器自体は見つかっていない。
犯人は全否定して無罪を主張していた。
私はありえないと思った。
襲ったかどうかや凶器が何だとか、どうでもいい。
だって、被害者は亡くなっているんだから。
私は必死に他の陪審員を説得した。
そのかいあって、犯人の男は有罪となり、死刑判決が言い渡された。
それから数年後。
私はこのことをすっかり忘れていた。
仕事に追われ、それどころではなかったのだ。
週末。
次の日が休みということもあって、居酒屋に寄った。
私は雑多な居酒屋の雰囲気が好きなので、時々、こうして飲みに行くのである。
お酒が進んでいる中、ふと、テレビで私が掛け持った事件の犯人が死刑執行されたニュースが流れていた。
それを見て、つい、私は「あ、あの人、死刑執行されたんだ。よかった」とつぶやいてしまった。
すると、隣にいた女性が不思議そうにこちらを見てきた。
そこで私は、陪審員をやったことを話した。
珍しい体験なので、その女性も結構、私の話に食いついてきた。
「この事件って、押し入り強盗ですよね?」
「そうですそうです。被害者が私と同じ年で……」
「ひどい男ですよね。ドライバーで刺し殺すなんて。捕まってよかったですよ」
「私も有罪にできて、ホッとしました」
その女性とは意気投合して、結構な時間、一緒にお酒を飲んだ。
私は久しぶりに楽しい時間を過ごせた。
終わり。
■解説
居酒屋で会った女性は、なぜか凶器が「ドライバー」と知っている。
そして、事件の内容では、女性の服は脱がされていたが、体液等は一切なかった。
つまり、犯人は男性ではなく、居酒屋で出会った女性になる。
語り部は無実の男性を有罪にし、死刑に追い込んでしまった。