■本編
ヴァンパイア。
それは人間の血を吸う、伝説上の化物。
赤い瞳は獲物を虜にし、狙われた人間は生きて帰ることはできない。
かなり有名な化物だが、しょせんは伝説上の化物。
俺には関係ない話だと思っていた。
だが、最近、俺の管轄内で血を抜き取られて殺害されるという事件が連続で起こっている。
首には噛まれた痕があり、巷ではヴァンパイアの仕業だと噂になっているのだ。
「くそ! なにが赤いカラコンして、付け牙をしてただけだよ!」
「まあまあ。こういう悪戯をする人間は絶対に出てくるものですよ」
配属されたばかりの新人に諭されると、こっちが子供のように思えてくる。
「それにしても、ヴァンパイアなんて本当にいるんですかね?」
「さあな」
「あ、先輩! あの子供、迷子かもしれません」
「子供? どこだよ?」
「ほら、300メートル先くらいにいる、紺色のシャツを着た子です」
「んん?」
目を凝らしてみても見えない。
仕方ないので、新人が言う方向に行ってみると、本当に迷子らしき子供がいた。
「お前、よく見えたな。コンタクトか?」
「いえ。裸眼ですよ。昔から目だけはいいんです」
「へー」
「先輩もですか?」
「いや、俺はコンタクト」
「……意外ですね」
「なにが?」
「先輩って、面倒くさがりだから、コンタクトなんて面倒なものしなさそうなのに」
「眼鏡がずり落ちるのを直す方が面倒なんだよ」
「先輩、鼻が低いですもんね」
「ほっとけ!」
本当にこの新人はふてぶてしい。
俺のことを先輩と呼ぶくせに、全然、先輩扱いしない。
だが、それでもこいつに対して、嫌な印象を持たないのは、そういう気質なんだろう。
どこに行っても可愛がられるやつっていうのはいるものだ。
無事に子供を保護し、何とか母親と合流させることができた。
青いシャツの男の子は、新人の方を向いて、ありがとうと頭を下げた。
俺にはお礼はないのか、と思ったが大人げないので、言うのは止めた。
親子を見送っていると、ふいに新人が顔を手で押さえた。
「いたっ!」
「どうした?」
「コンタクトが目の裏に入っちゃって」
「はあ……仕方ないな。ほら、目を閉じて、目を動かしてみろ」
「……あ、直りました」
「だろ?」
「ふふ、ありがとうございました!」
こうやって素直にお礼が言えるのも、可愛がられる秘訣なんだろう。
さっき、子供に礼を言われなかったが、新人に礼を言われたのでよしとしておくか。
終わり。
■解説
新人は最初、裸眼だと言っていたのに、コンタクトが目の裏に入るのはおかしい。
そして、コンタクトをしていないと嘘を付く理由も特にないはずなのに、なぜ、嘘を付いたのか。
さらに新人は子供のシャツの色を「紺」と言っていたが、実際は「青」だった。
新人は視力の補強の為にコンタクトをしていたのではなく、目の色をごまかすためにつけていた。
青が紺に見えたということは、「黒い」カラーコンタクトをしていたと考えられる。
つまり、新人は赤い目を黒く見せるためにカラーコンタクトをしていた。
新人はヴァンパイアだと考えられる。