お見送り
その子は物凄いおじいちゃん子だった。
おじいちゃんが大好きで大好きで、いつもおじいちゃんと一緒に過ごしていた。
だが、そのおじいちゃんは、ある日、永眠してしまう。
それは老衰だった。
おじいちゃんは90歳ということもあり、周りは大往生だとあまり悲しんでいなかった。
だが、その子だけは違った。
おじいちゃんが亡くなった日は、周りが引き剥がそうとしても必死で抵抗した。
周りはその子に、「そんなに泣いてばかりいたら、おじいちゃんが心配する。だから、ちゃんと見送ってあげよう」と言って説得した。
それでもその子はおじいちゃんに会いたいと泣き続ける。
しかし、おじいちゃんの葬儀は進んでいく。
そして、周りはおじいちゃんの棺に、チョコレートやバナナ、肌着を入れていく。
その子はその光景に首を傾げる。
なんで、そんな物を入れるのか、と。
すると周りは答える。
「こうすれば、あっちでおじいちゃんが食べたり、使えたりするんだよ」と。
その子はなるほど、と頷いた。
そして、葬儀が終わる。
同時に、その子の姿がどこにも見当たらなくなった。
終わり。
■解説
その子は棺に入れば、おじいちゃんに会えると思ってしまった。
千羽鶴
男は留学がきっかけで、イギリスの女性とメールのやり取りをするようになった。
その女性は男の留学の際の受け入れ先の家庭にいたのだ。
年が近かったこともあり、すぐに2人は仲良くなった。
男は女性がいたおかけで留学は楽しかった。
だが、留年の期限の半年がすぐに過ぎてしまう。
2人はお互いにメールアドレスを交換し、男が帰国してもメールのやり取りをしていた。
メールのやり取りをするようになって1年が過ぎた。
会えないことで逆に2人の恋心は燃え上がっていく。
だが、女性の方が会えないことに徐々に気を病んでいってしまう。
それでも互いに会いに行けることができない。
そんなあるとき、女性からのメールがピタリと止まってしまった。
何度、メールを送っても返事が来ない。
そこで男は女性の親にコンタクトを取った。
女性の親の話では、女性は鬱になってしまい、部屋に閉じこもってしまったのだという。
男は何とか女性を元気付けたかった。
どうすればいいかと悩んだ結果、女性になにかプレゼントをしようと考える。
だが、男は金がない。
そこで男は千羽鶴を作ることにした。
女性のことを思いながら、1羽1羽、丁寧にしっかりと折っていく。
そして、ついに千羽を折ること成功した。
すぐに女性に贈る。
そこには「俺の気持ち」というメッセージを添えた。
次の日。
男の元に女性が自殺したという連絡がきた。
終わり。
■解説
ヨーロッパでは鶴は『死を呼ぶ鳥』とされている。
それを、うつ病を患っている女性に、1000羽折って、『俺の気持ち』というメッセージがついていれば、男が女性の死を願っているように思ってしまう。
心電図
私はある大学病に、看護師として勤めている。
その大学病院には多数の入院患者がいるのだ。
毎日、入院してくる患者、退院していく患者、そして亡くなる患者。
そんな多くの人を、私は世話してきた。
今、私の担当に、5年前の事故から植物人間状態の患者さんがいる。
物凄く不謹慎だが、この患者は全く手がかからないので助かっているのだ。
1時間おきに、チラッと様子を見に行くだけ。
人工呼吸器に点滴、心電図を見て異常がないことだけを確認するだけなのだ。
この患者の家族も見舞いに来ることはない。
お金持ちの家のなのか、毎月、決まった日に入院費が振り込まれるらしい。
今日も私はその患者の病室の見回りをする。
いつもは数秒、覗くだけだったが、今日は違った。
なんと、心電図が異常を示していたのだ。
ピーっと心臓停止を示す音が響いている。
突然だった。
なにが原因でこうなったのかはわからない。
だけど、心電図が心臓停止を示している。
解剖をすれば原因がわかるかもしれないが、遺族の承諾がなければできない。
おそらく、遺族は解剖を希望しないだろう。
本当に不謹慎だけど、私はせっかくの楽だった患者が亡くなったしまったことがちょっと残念だった。
この患者の代わりに手のかかる患者が担当になったら嫌だなって思いながら、私は人工呼吸器と点滴を止めた。
そして、私は電話で先生を呼んだ。
10分後、先生がやってきて、死亡確認が行われた。
遺族に連絡したら、そっちで色々処理してくださいと言ってきた。
最後くらい会いにくればいいのに。
私はそんなことを思いながら、患者の遺体を綺麗に拭くため、服を脱がせた。
そして、そのとき、心電図が取れていることに気づいた。
終わり。
■解説
心電図が取れていたため、心肺停止を示していた。
そして、語り部は医者に見せる前に、人工呼吸器と点滴を切っている。
つまり、語り部が見つけたときは、その患者は生きていた可能性がある。
つまり、その患者を殺したのは……。
飛行機
年末年始の観光シーズン。
海外旅行をする客たちが飛行機に乗り込んでいく。
そのときの客数は200人ほどだ。
ほぼ満席状態で飛行機を飛び立つ。
だが、上空で機材に問題が起きた。
航空管制室もこの飛行機を見逃してしまった。
それから1日後、飛行機は海に墜落したようだ。
飛行機の乗客は誰一人、死亡していなかった。
終わり。
■解説
海に墜落した飛行機の乗客は、誰一人見つかっていない。
つまり、行方不明のため、死亡を確認できていないだけである。
オタクの人形
オタクって、本当に面倒くさい。
変なこだわりを持ってるやつが多いよな。
俺がバイトをしているファミレスにも、オタクの常連がやってくる。
そいつはいつもデカい人形を持ってくるのだ。
そして、自分の席の向かに座らせる。
その人形に向かって独り言を話すという変わり者。
こいつの面倒くさいところは、その人形を人形扱いしたら怒るというところだ。
例えば、そいつはいつも2人分の料理を頼むのだが、2つとも、そいつの前に置くと怒る。
「それは彼女が頼んだ料理だ!」
こう言ってキレ出す。
つまり、人形も人間扱いしないとならない。
来店したときも、こっちが「1人様ですか?」と尋ねると、当然キレる。
「目ん玉、付いてないのか? 彼女がいるだろ!」
店内中に聞こえるくらい大声でそんなことを言い出すのだ。
俺は店長に、そいつを出禁にしていいかと頼んだが、いつも料理を2人分頼むという太客ということで、出禁にはできない。
しかたなく、こっちがそいつに合わせるしかないのだ。
休憩時間が終わり、ホールに出ると、ちょうどそいつが席に案内されていた。
案内したのは、昨日入った新人だ。
だから俺は「あそこには俺が水を持って行く」と言って、接客を変わる。
後であのオタクのことを説明しなくてはならないな、と思いながら俺は水を2つ用意して席に向かう。
そいつの、今日の彼女は長い髪のデカいワンピース姿の女だった。
毎回、コロコロと連れてくる人形……彼女を変えてくるのが、またウザい。
一体、何体持ってるんだよ。
俺はそいつと、女の人形の前に水を置く。
「え?」
そいつは目を丸くする。
「ご注文が決まりましたら、お呼びください」
俺は丁寧に、そいつと女の人形に頭を下げる。
すると――。
「うわああああああああああああああああああ!」
そいつは大声を上げて、店を飛び出していった。
なんなんだよ! 一体!
ちゃんと、人扱いしてやったろうが!
俺はムカつきながら、水を回収する。
「……あれ?」
そのとき、俺は人形がいないことに気づく。
確か、さっきは手ぶらで店を出て行ったのに。
終わり。
■解説
それは人形ではなく、女の幽霊。
オタクの男は1人で来たはずなのに、2人分の対応をされて驚いて逃げていったわけである。
オタクの男は幽霊にとり憑かれていて、さらに、それを自覚しているようだ。
一番大切なもの
男には大切な家族がいた。
周りにも、男は「家族は自分の命よりも大切だ」といつも言っている。
もちろん、周りの人間は、男が家族を心底愛し、大切にしていることはわかっていた。
だが、そんなあるとき、男の一人息子が病に侵されてしまう。
その病を治す方法はなく、死を待つばかりとなってしまった。
男は日々、泣き続けた。
「どうせなら自分がなればよかったのに」と周りの人に語る男。
そんな男の前に悪魔が現れた。
「お前の一番大切な者の命を差し出せば、息子は助けてやる」
悪魔は男に対して、そう条件を出してきた。
数日後。
男の息子は死んでしまった。
終わり。
■解説
この話には2つのパターンが考えられる。
1つは、男には隠し子がいて、「隠し子である息子」が助かり、語り部が大切に思っていた息子の方の命が取られてしまったパターン。
もう1つは、隠し子がいないパターン。
その場合、息子は助けたが、「一番大切な者の命」を取る際に、息子が死んでしまった、とも考えられるが、「息子は助けてやる」という言葉が嘘になる。
つまり、この場合、矛盾が起きてしまうので、「一番大切な者=息子」ではない。
では、一番大切な者とは誰のことだろうか。
それは語り部自身。
つまり、悪魔は語り部の命を差し出せと言っていたのだ。
語り部は自分が死ぬのが嫌だったので、「悪魔の条件」を断ったのである。
どんなに周りに「自分の命よりも家族が大切」だと言っていても、やはり本心では自分の命が一番大切だったということである。
イボ痔
最近はようやく感染症の影響も収まり、病院内も落ち着き始めていた。
今まで休みもなく働いていた医師や看護師たちは持ち回りで休みを取り始めている。
なので、病院内は落ち着いているが、出勤している人数が少ないので、一人一人の仕事は割と多い状態になっていた。
そんなある日。
ある看護師が痔の手術のために入院していた患者が病院から逃げ出そうとしているのを見つけた。
捕まえて話を聞いてみると、手術が嫌で逃げ出したのだという。
その看護師は「痔の手術は簡単なものだから大丈夫です」と言って落ち着かせようとした。
だが、その患者は「だからだよ!」と怒鳴った。
どういうことかと問いかけると、その患者はこう答えた。
病院の廊下を歩いていると、手術を担当する医師が「頑張るぞ!」と気合を入れているのが聞こえたのだという。
終わり。
■解説
簡単な手術なのに、気合を入れているということは、その医師は新人だということになる。
なので、患者は不安になって逃げだそうとしたわけである。
下車駅
家族がマイホームが欲しいと言うので、私は多少無理をして郊外に家を購入した。
私自身も自分の家が欲しかったので、文句を言うつもりはないがマイホームから会社に行くまで電車で片道2時間がかかってしまう。
10時に会社が終わっても、家に着くころには12時を過ぎてしまうのだ。
何とかならないだろうかと思いながらも、毎日電車に乗り続けて、もう2年は経っている。
私が降りる駅は郊外で本当に降りる人が少なく、大体、3人程度だ。
というより、私が降りる駅まで乗っている人数は大体8人ほど。
毎日顔を合わせるメンツなので、もう顔を覚えてしまった。
おそらく、あっちも私の顔を覚えてしまっているだろう。
唯一の得と言えば必ず座れるというところだろうか。
これが座れもせずに2時間となると相当辛いだろう。
今日は新入社員の歓迎会ということで、つい飲み過ぎてしまった。
いつもの席に座り、背もたれに寄り掛かる。
するといつの間にか、私は眠ってしまっていた。
2時間というのは待つのは長いが、寝るとなると短い。
熟睡したところを、肩を揺さぶられる。
目を開けるとそこには見覚えのない男が立っていた。
私は「終電か!?」と思った。
一気に目が覚める。
すると、ちょうど私が降りる駅に着き、ドアが開いた。
「危なかったですね」
私を起こしてくれた男がほほ笑みながらそう言った。
「ありがとうございました。助かりました」
私は立ち上がり、礼を言って、電車を降りた。
終わり。
■解説
語り部は乗っている乗客は覚えていると言っている。
だが、起こされた時、語り部は「見覚えのない」と言っている。
では、なぜ、語り部を起こした男は語り部が降りる駅を知っていたのだろうか。
自殺の名所
そこは知る人ぞ知る、自殺の名所だった。
ビルの屋上で、非常階段から入ることができるのだ。
実は夜景が綺麗なところでもあって、飛び降りる前に夜景が楽しめるのだそうだ。
まあ、自殺するほど追い詰められた人が、夜景を楽しむなんてことはしないだろうけど。
私はこの場所は話だけは聞いていた。
自分はここを使うことなんかないだろう、と思っていた。
でも、人生というのは何が起こるかわからない。
失恋や会社の失敗、私生活でのトラブル。
そんな些細なことが積み重なって、私は何となくここに足を運んだ。
このまま生きていても、良いことなんてない。
飛び降りてしまえば、全てが終わる。
そんなことを考えていると、なんだか下が騒がしい。
下を覗いてみると、何やら人が集まっていた。
私が自殺しようとしているのを見て、騒いでいるのだろうか?
私はなんだか馬鹿馬鹿しくなって、飛び降りるのを止めた。
非常階段を使って下に降りると、警察官がいて、私は逮捕された。
終わり。
■解説
語り部は騒がしくなった後から下を覗いている。
なので、語り部が自殺しようとしているのを見て騒いでいるわけではない。
ここは自殺の名所である。
つまり、語り部の前に誰かが飛び降り、それで騒いでいたのだ。
飛び降りた屋上から語り部が顔を出したため、語り部が突き落としたと間違えられたというわけである。
夜のコンビニ
最近は仕事が忙しくて、終電ギリギリに帰ることが多い。
そんな時間になれば、食べ物屋さんで空いてるところなんて、そうそうない。
牛丼屋とか、24時間営業のチェーン店もあるけど、うちの周りにはない。
そんなときに重宝するのがコンビニだ。
いつでも空いてるし、食べ物に困ることはない。
なので、よく会社帰りにコンビニによって弁当を買って帰るというのがいつもの流れだ。
しかも、終電の時間になると、ほぼ弁当は残ってなく、余ったものを食べるしかない。
正直、食べ飽きたり好きじゃない弁当を食べることになるが、そんなわがままは言ってられない。
その分、休みの日はちょっといい値段のお店で外食するのが、唯一の楽しみになっている。
でも、最近は平日の仕事があまりにも忙しすぎて睡眠に時間を割き過ぎてしまう。
今日もダラダラと寝ていたら、夜の10時になってしまった。
この時間になったら、もう食べ物屋はやっていない。
今から外に出るのも面倒くさくなって、食べるのを諦めた。
だけど、深夜1時を回った頃、物凄い空腹に襲われてしまった。
仕方がない。
買いに行こう。
この時間で空いてるのはコンビニしかない。
いつものコンビニに向かう。
コンビニに入ると、買っている漫画の続巻と雑誌が出ていたので、それをカゴに入れる。
そういえば、しばらく洗濯もしてないから下着とタオルも買っておこう。
あと、飲み物のコーラも忘れてはいけない。
2リットルのものをカゴに入れる。
そして、そこであることを思い出す。
確か、郵便受けに公共料金の支払いのハガキが来ていたはずだ。
どうせだったら、持ってくるんだった。
なんて考えながら会計を済ませる。
財布の中には123円しか残らなかった。
逆に公共料金のハガキを持ってこなくてよかった。
危うく恥をかくところだった。
終わり。
■解説
語り部は肝心の弁当を買っていない。
しかも、財布の中には123円しか残っていないので、買うことができなくなっている。