本編
それは大学の夏休みのことだった。
俺は休みの間にガッツリと稼ぎたいと思って、色々なバイトをやっていた。
その日は、配送の仕分けの仕事だったのだが、荷物が多くて終わったのが深夜になってしまった。
家から歩いて30分くらいのところだったからよかったけど、もし、遠い場所だったら終電も終わっているし、どこかで朝まで時間を潰さないといけないところだった。
一応は残業代ということで聞いていた金額よりも結構、多く貰えたので正直、ラッキーと思った。
家まで30分の道のりはちょっと長いなと思っていたが、夜風も涼しく、歩いているうちに深夜の散歩も悪くないと思い始めた。
そうなってくるともう少し散歩したくなってくる。
そこで俺は少し遠回りして帰ることにした。
歩いていると、ふと公園を見つけた。
そこで俺はその公園に寄っていくことにした。
公園は結構大きい。
お昼や休みの日なんかは、家族連れがやってくるんだろう。
散歩道としてもいい。
誰もいない公園をゆっくりと歩く。
ちょうど半分くらい来たところだろうか。
いきなり、腹痛が襲ってきた。
さっきまでなんともなかったのに。
最初は急いで家に戻ろうと思ったが、どう考えても間に合わない。
最悪だが、その辺でするしかないかと思ってた時だった。
ふと、目の端に公衆トイレが映った。
一瞬、公衆トイレか、と思ったがそんなことを気にしている場合じゃない。
急ぎ足で公衆トイレに入ると、思った以上に古いトイレだった。
個室も2つしかない上に、割と汚い。
最悪だと思いながら奥の方の個室に入る。
トイレは和式でそれも最悪だと思ったが、洋式だったとしても恐らくは座りたくない状態だったろう。
すぐにズボンを降ろし、用をたし始める。
すると、いきなり隣の個室からカリカリという壁を引っ掻くような音が聞こえてきた。
マジかよ。
こんな時間に俺以外に使ってるやつがいたのか。
しかも、なんで壁を引っ掻いてんだよ。
イライラしながらも踏ん張っていると、今度は声が聞こえてきた。
「うん。隣の奴を連れて行く」
野太い男の声だった。
そして、ずっと隣の個室の壁をカリカリと引っ掻いている。
俺は一気にイラつきから怖さの方が増して、すぐにズボンを上げる。
漏らすとかもう、そんなことはどうでもいいくらい怖かった。
すぐに帰ろう。
そう思って個室から出る。
すると手洗い場に40代くらいの男が立っていた。
こいつか。
俺はそいつを睨みながらすれ違い出口に向かう。
するとその男は俺が入っていた個室の隣に入っていく。
なんだ。
これから入るのか。
疑ってごめん。
トイレから出ると、今までのことが嘘だったように腹痛が引いた。
それでも俺は足早に家へと帰った。
その日以降、俺はその公園を通るようなことはしなかった。
終わり。
■解説
個室は2つだったはずである。
そして、語り部が出るまで隣の個室の壁を引っ掻いていた者がいたはずである。
それなのに、語り部が見た40代の男は『隣の個室』に入って行っている。
つまりは個室には誰もいなかったことになる。
語り部が聞いた声と「連れて行く」という言葉は一体、なんだったのか。