本編
町の外れに、盆栽が趣味の一人の老人が住んでいた。
その老人は妻にも先立たれ、子供もいなかったので一人で生活するしかなかった。
周りからは、もう90歳になったのだから、施設にでも入った方がいいと言われていたが、まだまだ一人で生活できると、断固拒否をしている。
そんな老人は、健康を保つために毎日、スーパーに買い物に行くことにしていた。
しかし、時々、老人は迷って自分の家に帰れなくなることがあった。
だが、そんなときは近くの人に「6丁目の大きな樫の木の場所を教えて欲しい」と言えば、すぐに場所を案内してもらえた。
その場所までくれば、家まで帰れるので、迷ったら必ずそう言って周りの人に聞くことにしていた。
そんなある日。
老人はその日も迷って、帰れなくなってしまった。
そこでその辺りを歩いていた若い、大学生風の青年に樫の木の場所を聞いた。
するとその青年は不思議そうな顔をして、「6丁目には樫の木なんてない」と言い出したのだ。
それを聞いて、老人は混乱した。
そして、こう考えた。
自分はもう既に死んでいて、幽霊となってさ迷っていたのではないか、と。
老人は家に帰るのを諦め、どこかに行ってしまった。
数年後。
誰もいなくなった老人の家は取り壊されるようになった。
そのとき、老人が育てていた立派な盆栽は世話をしていなかったにも関わらず、枯れずに庭に聳え立っていた。
終わり。
■解説
老人は認知症で盆栽を樫の木だと思い込んでいた。
その老人のことを知っている人間は、そのことを知っているため、老人の家の場所を教えていた。
だが、青年はその老人のことを知らなかったため、樫の木なんてないと言ってしまったのだった。