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本編
少年の父親はパイロットをしている。
少年にとってはそれが自慢であり、誇りだった。
もちろん、自分も父親と同様にパイロットになると心に決めていた。
少年の父親は責任感が強く、厳格でありながらも面倒見もよく、部下や同僚たちにも慕われている。
少年はよく、父親の仕事を見たくて父親が操縦する飛行機に乗っていた。
父親は、少年がコックピットに入ることを許そうとしなかったが、周りが父親を説得するという形で、いつもコックピットに入れてもらっている。
父親の話では今の飛行機は自動操縦システムがついているので、操縦しなくても大丈夫なときがあるというのを知った。
一度、少年は自動操縦のときに操縦席に座って操縦かんを握りたいと言ったことがある。
少年からしてみれば、自動で動いているので、大丈夫だろうと思ったからだ。
しかし、厳格な父親は少年の発言に大いに怒った。
パイロットは乗客と乗務員の命を預かっているのだと。
遊びで操縦席に座るなんて言語道断だと、今まで一番酷く怒られた。
少年は正直落ち込んだが、逆に、父親がそこまでパイロットに対して責任と誇りを持っていることに、嬉しい気持ちもあった。
それからは、少年は操縦席に座りたいと1度も言わなかった。
そんなあるときのこと。
少年の父親は小型の飛行機のパイロットを任され、少年もいつものように父親の仕事を見るためにその飛行機に乗り込んだ。
今回の飛行機は自動操縦システムが付いてないとのことで、父親がずっと操縦していた。
コックピットの後方の椅子に座り、父親の姿を眺める。
いつか、自分もあのように操縦席に座るんだと。
だが、そんなことを考えているときだった。
飛行機の機体が大きく揺れる。
乱気流に巻き込まれ、飛行がかなり不安定になっている。
乗務員も乗客に救命胴衣を着るように指示していく。
機体の後方でバキバキと何かが折れるような音が聞こえてくる。
同時に、機体も大きく揺れた。
だが、少年の父親は冷静に対処し、機体を安定させる。
少年は心から父親を尊敬した。
自分もいつか父親のような立派なパイロットになるのだと、改めて決意を固める。
すると父親が少年の方を向き、こっちに来るように呼んだ。
少年が父親のところへ行くと、父親は少年に操縦席に座るように言った。
いいの? と問いかける少年に、父親は笑顔で頷いた。
少年は喜んで操縦席に座り、操縦かんを握った。
終わり。
■解説
父親は仕事に誇りを持っていて、いくら子供の頼みでも絶対に操縦席に座らせなかった。
しかし、最後は子供に操縦席に座らせている。
これはどういうことだろうか?
その飛行機は自動操縦システムも付いていないので、子供が操縦すれば大惨事になりかねない。
それなのに、あえて子供に操縦させている。
これは既にどうやっても飛行機は墜落すると悟り、最後に子供の夢を叶えてやろうという親心だったのかもしれない。