〈前の話へ:クラスのぷっくりシール〉 〈次の話へ:見えない誰か〉
俺はあるゲーム会社でアルバイトをしている。
主にデバック作業なんだけど、長くバイトをやっていることもあって、時々、制作の手伝いもさせてくれる。
キャラクターの台詞とか、フレーバーとかを書かせてもらったこともあった。
大体、ゲーム会社のアルバイトとかだと、現場はギスギスしがちだ。
リリース日が迫っていて、デバック作業もギリギリだと、どうしても現場はピリピリして、わからないことがあってもなかなか聞きづらい雰囲気になることが多い。
でも、この会社はそんなことは全然ない。
スタッフの人はみんな優しいし、わからないことがあって聞いても、嫌な顔一つ見せずに教えてくれる。
現場もかなり和やかで、割と会話しながら作業ができるのだ。
もちろん、作業はしっかりやるのは前提だけど。
優しいのと緩いのは似てるようで違うから、そこは気を付けないといけない。
それは色々なゲーム会社でバイトしてると骨身にしみてわかってくる。
とにかく、ここの会社はすごく居心地がよくて、募集があればすぐに応募する。
というか、あっちから声をかけてくれるようになった。
そのうち、社員にならないかって声をかけてもらえないかと思っているけど、それはなかなか難しそうだ。
もしかしたら、俺が大学卒業のときに、声をかけてもらえるかも、なんて淡い期待をしている。
ホントにいい現場だから、前に友達も働きたいと言っていると紹介した。
だけど、「ごめんね。今は人手が足りてるから」とやんわりと断られてしまった。
それもそのはずで、いい現場だと人が辞めない。
会社の方も、慣れた人の方が扱いやすいから、アルバイトは常連で固める。
それに常連だと、会社の方からアルバイトに声がかかるし、声をかけられれば大抵は引き受けるという流れだ。
つまり、働いているメンバーはほぼ決まっている。
なので、新しく紹介してもそもそも枠がない。
それに、それは俺にも言えることで、友達のために枠を渡すなんてことは絶対にしない。
友達には悪いが、いくらなんでも自分を犠牲にしてまで譲ることはできない。
それくらいいい現場なのだ。
ただ、そんな現場でも、一つだけ奇妙というか、変な決まりというか暗黙のルールがある。
それは休憩室の、ある椅子には座ってはいけないというものだ。
会社には作業する各自の机のほかに、休憩室があって、そこでお弁当を食べたり、ゲームしたり、漫画を読んだりする。
なので、休憩室にはいくつかテーブルと椅子が並んでいるのだ。
その中で、端に一つだけポツンと離れて椅子が置かれている。
特になんの変哲もない普通の椅子。
古いわけでも壊れているわけでもない。
それなのに、その椅子に座ろうとすると、「あ、その椅子には座らないで」と注意される。
前に理由を聞いてみたんだけど、なんとなく濁されてしまったから、それ以来、特に追及はしていない。
あまりしつこくして、嫌がられて、次回から声をかけてもらえなくなったら目も当てられない。
だから気にしないことにした。
別に他にも椅子はあるんだし、その椅子を避ければいいだけなんだから。
そんなこんなで、椅子のことを忘れかけた時だった。
ある社員の人がその椅子に座っていた。
ボーっとした状態で座っている。
それなのに、誰も注意する人はいない。
その椅子は社員しか座ってはいけない、というわけでもない。
社員だろうと、誰だろうと、その椅子に座っているのを見たことがなかった。
しかも、その1回だけじゃない。
同じ社員がよく、その椅子に座っているのを見かける。
そこで、他の社員の人に、それとなく、あの椅子に座ってもいいのかを聞いてみた。
「あー、まあ、しょうがないよ。それより、前に友達もうちに来たいって言ってたよね? まだバイト探してたりするかな?」
社員の人が椅子に座っていることは濁され、今度は友達を誘ってほしいみたいなことを言われた。
なんだろう?
急に人手がたりなくなったんだろうか?
でも、作業の多さ的にはそんなこともない。
いつも通りのタスク量だ。
それなら誰か辞めるのだろうか。
そう思っていたら、あの椅子に座っていた社員を見かけなくなった。
やっぱり、あの社員が辞めるから、人を補充しようとしてたんだろうか。
とはいえ、あの社員の人はある日を境にパタリと来なくなった。
普通は辞めるときは挨拶とか、引継ぎとか、私物を持ち帰るとかするはずだ。
それなのに、あの社員の人の机は、そのままだった。
その状態が3日くらい続いた後、急に他の社員の人が、その人の席を片付けし始めた。
何となく、気になって、それとなくあの社員の人のことを聞いてみた。
そしたら、その社員の人は亡くなったらしい。
事故死だったみたいだ。
その話を聞いて、俺は一つ疑問ができた。
友達を紹介してほしいと言われたのは、あの社員の人がまだ生きていたときだ。
周りはあの社員の人が、近々、亡くなるのを知っていたとしか思えない。
ちなみに、友達の件は断った。
なんとなく、この現場に誘うのは悪いように感じたからだ。
それにしても、一体、あの椅子はなんなんだろう。
あの椅子は撤去されることもなく、今も変わらず休憩室の端に置いてある。

