本編
2年前に妻に先立たれ、今は幼い娘と二人でなんとか生活を送っている。
今までずっと妻に家事全般を任せていた私は、洗濯一つとっても四苦八苦する。
さらに仕事と家事を一人でやるというのは相当にキツイ。
でも弱音を吐くわけにはいかない。
もう娘には私しか残っていないのだから。
とはいえ、頑張るといっても限界がある。
家に帰るのはいつも深夜で、娘が寝てからだ。
きっと娘には寂しい思いをさせている。
それは自覚しているし、悪いとも思っている。
でも、娘は文句ひとつ言わない、いい子だ。
あるとき、ふとしたきっかけで、「いつも寂しいだろう? ごめんな」と言ったら、娘は首を横に振った。
「大丈夫。夜中になったらおとうさんが見に来てくれるから」
娘はそう言った。
最初は娘が寝ぼけて、私が帰ってきたときのことを言っているのだと思った。
だが、「見に来る」という言葉に引っ掛かりを覚え、私は警察に相談した。
すると、夜に見回りをしてくれるようになった。
数日後。
ニュースで、うちの近くで不審者が逮捕されたというのが映った。
私は念のため、警察に相談しておいてよかったと安堵した。
だが、娘はテレビを指さしてこう言った。
「おとうさん、捕まっちゃった」
終わり。
解説
娘は語り部の娘ではなく、妻と不倫相手との子供だった。
不倫相手は、実の娘が心配で、深夜に顔を見に来ていたというわけである。
そして、娘はその人物を「おとうさん」と言っていることから、自分は語り部の本当の娘ではないということも教えられているということである。