本編
40分かけて満員電車に乗り、会社で仕事をして、40分かけて満員電車に乗って帰って寝るだけの毎日。
そんな生活をかれこれ、10年以上も続けている。
これといって趣味もなく、休みの日は寝て過ごすだけだ。
特に会社がブラックだとか、パワハラを受けているとか、仕事が嫌いだというわけではない。
けど、こうも刺激のない毎日が続くと、一体、なんのために働いているのだろうという気になってくる。
そして、そんなことを考えていると、ドンドン空しくなってくるのだ。
時々、ふと、飛び込んでみれば楽になれるのか、なんて考えてしまう。
もしかすると、こんなふうに考えている人は意外に多いかもしれない。
なぜなら、この路線は異常なほど、飛び込みが多いらしい。
電車が人身事故で遅れるなんてことは何度も経験している。
今日は久しぶりに仕事が長引いてしまい、帰るのが終電になってしまった。
疲れているのに、ここから満員電車に乗って帰ることを考えたら気が滅入ってくる。
なんてことを考えていたら、電車がやってきた。
ドアが開き、乗り込んでみると車内には数人しか乗っていなかった。
どうやら終電は人が少ないらしい。
席に座れるなんて初めてかもしれない。
そう思って、席に座っていると、目の間に男が立ち、吊革に掴まった。
男はつかれた顔をして、こう言った。
「今日も満員だな」
乗って5分が経つと電車が次の駅に着いたので、私は電車を降りた。
終わり。
解説
語り部は、帰るのに40分はかかるはずである。
それなのに、乗って5分後に次の駅で電車を降りているのはおかしい。
つまり、語り部は最寄り駅ではない駅で降りたことになる。
それではなぜ、語り部は最寄り駅の前に降りたのか。
それは語り部の前に立った男の言葉が関係している。
男は車両には数人しかいないのに、「満員」だと言っている。
もしかすると、電車には飛び込んだ人の幽霊が満員になるくらい乗っていたのかもしれない。
語り部はそう考えて慌てて電車を降りたのである。