エアコン
俺は大学の夏休みを利用して、自転車で四国を旅行することにした。
もちろん、宿には泊まらず、お金をかけずに旅をするつもりだった。
だけど、俺は野宿がどれだけ大変か、わかってなかったのだ。
初日に公園のベンチで寝てみたのだが、身体は痛いし、疲れは取れないし、虫にも刺されて最悪だった。
だから、2日目からは格安の宿を探した。
すると、偶然、2000円で泊まれる宿を見つけた。
宿の人に話を聞いてみたところ、こんな観光シーズンでも、その部屋だけは埋まらないらしい。
きっと何かがあるんだろう。
その宿の人は新人で、詳しいことはわからないらしい。
その話を聞いて、俺は少し戸惑ったけれど、外で寝るよりはマシと考えて泊まることにした。
どんなにぼろい部屋なのかと覚悟していたが、部屋に入ってみると、別段変わったところはない。
ただ、この部屋は何というか、妙に蒸し暑い。
そこでエアコンを入れようと、リモコンを探してみる。
すると、そのリモコンに、妙なことが書かれた紙が貼ってあった。
「エアコンを使わなくても、涼しくなります」
何を言っているのかわからない。
現に、この部屋は暑いのだ。
もしかしたら、壊れているのかと思い、電源を入れてみる。
すると、普通にエアコンは動き出し、冷風が出てきた。
今夜は快適に眠れそうだ。
俺はエアコンの温度を少し高めにして寝ることにした。
次の日の朝。
俺は一睡もできず、フロントの人がやってきたのを見計らって、すぐにチェックアウトした。
確かに、あの紙に書いてあった通り、エアコンが無くても涼しくなれた。
俺は旅行を取りやめにして、帰ることにした。
そうだ。
家に帰る前にお寺に寄っていこう。
終わり。
■解説
その旅館の部屋には幽霊が出る。
そのため、エアコンが無くても涼しくなると書かれていた。
汲み取り式トイレ
田舎に遊びに行った時のこと。
俺は気晴らしに森林浴をするために、森林公園に行った。
行楽シーズンなのに、人が全くいない。
まあ、この辺はいつもそうだ。
公園といっても全然整備されていないし、ほとんど草原の広場みたいになっていた。
人混みが嫌いな俺としては、一人でいたいから、これでいいと思っていたのだ。
草の上に座って、ボーっとしていると、急に腹が痛くなってきた。
正直、その辺でするしかないかと覚悟したが、視界の端に建物が見える。
急いでその場所に向かうと、その建物はトイレだった。
ラッキーと思って入ってみた瞬間、気分は一転した。
公園が荒れ果てているのに、トイレが整備されているわけがなかった。
ボロボロで汚れ切った和式トイレ。
個室のドアも壊れて、半開きの状態のままになっている。
床のところも穴が開いていて、またがるのも一苦労だ。
正直、外でした方がマシなんじゃないかと思うレベル。
でも、せっかく来たので、我慢してここでするしかない。
そして、俺はまたがってから、このトイレが水洗ではなく汲み取り式だと気づいた。
トイレの中は深い深い穴になっている。
さっさと、やって出ようと思っていると、どこからか声がした。
「た……け……て」
俺は一気に鳥肌が立った。
このトイレはぼろいだけじゃなくて、幽霊も出るのか。
便意が一気に引っ込み、俺はすぐにトイレから出て、そのまま宿へと戻った。
次の日。
宿をチェックアウトして、帰ろうと思って外に出たら、警察官に話しかけられた。
俺は何も知らないと言って帰った。
あれから10年以上が経つけど、今でもあのトイレに行ったことを後悔している。
終わり。
■解説
トイレの中から聞こえた声は「たすけて」だった。
つまり、語り部の前にトイレに入っていた人間が、トイレの中に落ちてしまったと考えられる。
警察は行方不明者が出たことで、語り部に話しかけたというわけである。
何も知らないと言ったのは、最初にトイレに行った際に通報せずに見捨てたことをバレないように隠した可能性が高い。
つまり、語り部はまだ生きている可能性があったのに、見捨てている。
子供の幽霊
その墓地には子供の幽霊が出るという噂があった。
何人も、子供の幽霊を見たという目撃者も、「遊ぼう」という子供の声を聞いた人もいるのだという。
その子供は友達がいなく、一人で遊んでいたところを事故に遭って死んでしまったのだという。
なので、その子供は寂しくて成仏できないのではと言われている。
そんなあるとき、一人の男の子が、「その子と友達になって成仏させてやる」と言って、夜に墓場へ行った。
その次の日から、子供の幽霊を見たという人はいなくなった。
そして、子供のお墓が1つ増えた。
終わり。
■解説
男の子は友達として、子供の幽霊に連れて行かれてしまった。
手術
50年間、ずっと健康で過ごしてきた俺も、ついに体にガタが来て手術をすることになった。
今まで体が丈夫と言うことをいいことに、健康に気を使ってきていなかったので、仕方ないことだが。
とはいえ、この年になっても手術は怖い。
全身麻酔をするのはもちろん、今まで入院すらしたことがなかったのだから。
だからと言って、怖いから手術なんて受けないなんてことも言えない。
それこそ、いい年をした男が何を子供みたいなことを言っているんだと笑われてしまう。
腹をくくって、我慢しよう。
そんな不安を抱えて過ごすうちに、手術日の当日になった。
看護師さんからは「起きたら終わってますから」と言われたが、やっぱり不安だ。
そして、ついに手術が始まる。
医者がメスを持って俺の腹を切り、胸を開けた。
なにか、専門用語を言いながら、手術は続いていく。
これなら大丈夫そうだ、と思っていた時だった。
「あっ!」
いきなり医者が変な声を上げた。
「重要な部分を切ってしまった」
それからは大慌てだ。
医者も看護師さんも慌てている。
「もうダメだ! 手術は失敗だ」
医者がそういうのと同時に、心電図の音がピーと鳴った。
「死亡が確認されました」
ポツリと医者がそう言った。
冗談じゃない!
俺はまだ死にたくない!
俺は思い切り、そう叫んだ。
すると、視界がパッと切り替わる。
普通の手術風景だ。
医者も看護師さんも慌てていない。
なんだ、夢だったのか。
俺はホッと安堵した。
終わり。
■解説
語り部は手術の途中で起きてしまっている。
魔除けの札
ある小さな村に男が引っ越してきた。
都会での生活に疲れ、田舎でのんびり過ごそうと思い、やってきたのだ。
村の人たちはその男を歓迎した。
歓迎会を開いてくれ、色々と村の施設のことも丁寧に教えてくれる。
しかも、この村では住民税が取られないのだという。
村の人たちもいい人ばかりで、みんな仲が良く、男はこの村に引っ越して来てよかったと、心底思った。
だが、そんなある日のこと。
男は村にある、全ての家に札のようなものが貼ってあることに気づいた。
何のためにこのような札を貼っているのかを村人に問いかけてみると、その札は魔除けだけではなく幸運を運ぶ札なのだという。
この村の山には鬼が住んでいて、1年に一度、村に降りてきて人間を攫っていくと話してくれた。
男はそんなわけがないと笑ったが、村人はある家を指差して、札を貼っていない家の人間が一晩で消えてしまったと言った。
逆に立派な札を貼っている家は繁栄するというのだという。
それでも半信半疑な男は、毎日のように山に入っては鬼の痕跡を探してみた。
しかし、そんなものは見つけることができなかった。
所詮は村の伝承かと思っていると、家に村長がやってくる。
もうすぐ年が明ける。
鬼が村に降りてくる時期だから、お札を家に貼った方がいいというのだ。
しかも、そのお札の値段が100万だという。
ぼったくりだと怒る男に、村長は禁忌の山に入ったことで鬼の怒りを買った、鬼に狙われる可能性が高いので、いい札なのだと説明した。
冗談じゃないと、男は村長を追い返した。
鬼なんかいるわけがない。
男は札を貼らずに、新年を迎えた。
だが、男はその日以降、行方不明になった。
警察が調査に乗り出し、村人に話を聞くと、村人は全員、口をそろえて言った。
「鬼に連れ攫われた」
と。
終わり。
■解説
鬼というのは村人のこと。
村では税を取らない代わりにお札でお金を集めていた。
払わない人間には制裁の意味で、村人たちが攫って山に埋められてしまう。
家鳴り
女は思い切って家を買うことにした。
奇跡的に株で儲けたことと、ふと見た広告で安いのにいい物件を見つけたからだ。
家を持ったことにこれからの安堵感と満足感を感じていた女だったが、すぐに後悔することになった。
その家では心霊現象が起こるようになったのだ。
女しかいないはずなのに、誰かがいるような感覚がしたり、夜になるとミシミシと家が軋む音がしたり、物の位置が変わっているような気がしたりしていた。
そのせいか、悪夢を見るようになり、酷いときは朝起きたときに、首に手の形の痣が付いていた時もあった。
家を売って引っ越そうと考えた。
だが、そのことを友達に相談すると知り合いに霊能力者がいると紹介された。
格安で見てもらえるとのことで、早速、家に来てもらい、見てもらう。
するとその霊能力者は家を見てニコリとほほ笑んだ。
この家に霊など憑りついていないとのことだった。
女は霊能力者にこれまであったことを伝える。
だが、霊能力者は全て「気のせい」で説明が付くというのだ。
誰かがいるような感覚も物の位置が変わっていること、そして悪夢を見ることも全部、幽霊がいるんじゃないかという恐怖の意識で、そう感じてしまうだけなのだという。
女は家がミシミシと音が鳴る件はどうなのかと聞くと、それは屋鳴りと呼ばれる、外気と家の中との温度差で、家が軋む音なのだと説明した。
そう聞いて、女は安心した。
霊能力者がいうように怖がらなければミシミシという家鳴りも気にならなくなり、悪夢も見なくなった。
家を売らなくてよかった。
女はホッと安堵して、この家に住み続けた。
終わり。
■解説
気のせいでは、首についていた手の形の痣は説明できない。
つまり、霊能力者は偽物で、この家には幽霊がとり憑いている可能性が高い。
シャンプー
最近、頭が薄くなってきた。
確かにじいさんと親父は剥げていたけど、俺は40代になるまでフサフサだったから、俺は絶対に禿げないとタカをくくっていた。
だけど、見るからに薄くなってきたから、何かしら手を打つしかない。
一応、片っ端から育毛剤を使ってみたり、ワカメなどの海藻類を食べたりしているが効果は今のところ見えない。
シャンプーの時も、昔が気にせずガシガシと擦っていたが、今は優しくマッサージするようにして洗っているし、風呂上りは必ずドライヤーをかけている。
あと、思いつくものとしてはシャンプーをいいのに変えることくらいだろうか。
一人暮らしの頃からずっと、安物のシャンプーを使ってきたが、そろそろ変える時が来たのかもしれない。
そう思っていたら、ちょうど、シャンプーが切れた。
ちょうどいいといえばちょうどいいのだが、今日の分がない。
一日くらいシャンプーを使わないという手もあるが、頭皮の汚れは気になる。
そこで、今回だけは妻のを借りることにした。
妻はシャンプーはもちろん、リンスやボディーソープなんかも使っていて、風呂場には色々な容器が置かれている。
正直、何が何だかわからない。
おそらくはいいのを使っているのだろう。
普段、妻のを使おうとすると怒られるのだが、1回くらいはバレないはずだ。
俺はそれっぽい容器を手に取り、使ってみる。
泡立ちがいい。
凄く滑らかで使い心地がよかった。
これはいいな。
次からは俺も、こういうのにしてみよう。
あまりの使い心地に、使いすぎてしまった。
バレてしまうだろうか。
まあ、怒られれば謝ればいいだろう。
風呂から出て、次に妻が入る。
妻が風呂から上がったときに何か言われるか、ドキドキしていたが、特に何も言われなかった。
だが、少しだけ気になることを言っていた。
「脱毛クリーム、もうなくなっちゃった。買い足さないと」
終わり。
■解説
語り部はシャンプーではなく、脱毛クリームを頭を洗うのに使ってしまった。
来るな
5年前に連続殺人事件があり、その現場となった廃屋が心霊スポットになった。
その事件の犯人はまだ捕まっていないのだという。
去年までは結構、その廃屋に人が来てたみたいだけど、今はみんな飽きたのか、ほとんど人が来なくなったらしい。
そんな話を聞いて、私はふと行ってみようと思い立った。
心霊系は結構好きで、ユーチューブでもそれ系のチャンネルを見ている。
よく、「心霊スポットに行ってみた」みたいな動画があるけど、結局、ちょっと音が出たりするくらいで、幽霊が出るなんてことはない。
だからだろう。
心霊スポットに行っても幽霊なんて出ないと思っていた。
でも、実際にその場所に行って、不気味な雰囲気を感じてみたいと思ったのだ。
車でその場所に行ってみる。
その廃屋は人気がない場所で、雰囲気がある場所だった。
ドキドキしながら廃屋の方へ歩いてみる。
廃屋の入口の前に行くと、突然、背後に何かがいるような感じがした。
振り向くと、そこには数人の人間が立っていた。
みんな血だらけで、虚ろな顔をしている。
私は直感で、ここで殺された人たちの幽霊だとわかった。
「来るな!」
その中の一人が目を見開いて叫んだ。
本当に心臓が飛び出るかと思った。
私はパニックになって、廃屋の中に入ってドアを閉めた。
まさか、本当に幽霊を見るとは思わなかった。
裏口から出て帰ろう。
私はそう思って廃屋の奥の方へと進む。
すると、そこに男の人が立っていた。
最初はビックリしたけど、幽霊を見た後だからパニックにはならなかった。
生きてる人間ってだけで安心できる。
私はその男の人に声をかける。
「あなたも心霊スポットめぐりですか?」
終わり。
■解説
廃屋内にいた男は殺人犯。
幽霊たちは語り部に忠告するために「来るな」と言っていたのである。
覗き見
月曜日は憂鬱だ。
みんな、大体そうだろう。
また今日から1週間、学校が始まると考えると、それだけで憂鬱になる。
とはいえ、まだ夏はマシだ。
なぜなら、夏服になるから。
夏服になると女子はやたらとスカートを短くする。
そうなれば、スカートの中を覗き見しやすくなるのだ。
とはいえ、表立って覗こうとすると、バレたときにヤバいことになる。
だから、ごく自然に覗き見するのだ。
俺がよくやる方法はこうだ。
授業中に教科書を床に落とす。
そして、拾うときにチラリと見るのだ。
今日も授業中、教科書を前に落とす。
拾い上げるときに早めに顔を上げる。
よし!
見えた!
これで、今週も頑張れそうだ。
終わり。
■解説
教科書を前に落として拾うときに顔を上げても、全員が同じく前を向いているので背中しか見えないはず。
つまり、語り部は教師ということになる。
約束
人生100年時代というが、私以外はもう残っていない。
私は今年で93だ。
身体もボロボロで、あと7年なんてとてもじゃないが無理だろう。
そろそろ、私にもお迎えが来る頃だろうか。
いつ来ても、私は満足だ。
なんてことを考えていると、ある情報が入って来た。
私の母校である中学校が取り壊しになるというのだ。
もう40年前に廃校になっているから、ここまで残っている方が奇跡だろう。
その情報を聞くと同時に、ある約束を思い出す。
「卒業してからも、もう一度、全員でここの教室に集まろう」
思えば、あの頃が人生の中で一番楽しかったかもしれない。
クラス全員が仲良しで、何か行事があれば、クラス一丸となって取り組んだ。
実に懐かしい。
取り壊しになる前に行かなくては。
私は周囲の制止を振り切って、母校である中学校に向かった。
どの教室か忘れていたが、学校を見た瞬間に思い出した。
本当に久しぶりにあの教室の前に立つ。
そして、ドアを開けた。
「おお! 遅かったな。お前が最後だぞ」
教室には全員が揃っていた。
先生まで来てくれていた。
「みんな、約束、覚えてたんだな」
「当たり前だろ」
「待たせてごめん」
私はみんなとの再会に心を震わせた。
終わり。
■解説
語り部は「最後」だと言っている。
つまり、他の人たちはみんな死んでいるということになる。
では、なぜ、教室に行った際に、全員そろっていたのか?
語り部が「お待たせ」と言っているところから、教室にいたのは幽霊。
語り部は教室で亡くなり、みんなと再会した。