本編
これは30年ほど前の、俺が学生だった頃の話だ。
クラスにKという、ものすごい金持ちがいた。
おじいさんが一代で小さな町工場を財閥にまで育て上げたらしい。
今はKの父親が社長の座を継いでいると言っていた。
おじいさんは孫であるKに甘く、欲しい物がなんでも買ってもらえたらしい。
ゲーム機なんかも、発売日どころか、発売日前に入手していたと自慢げに話していた。
小さい頃からそんな生活だったからか、Kは我がままでどうしようもない性格だ。
だから、周りはあまりKとは関わらないようにしていたというのも、わかる気がする。
周りにいるのは俺のようにKのおこぼれを貰おうというやつばかりだ。
いわゆる取り巻きってやつだ。
Kの周りにいれば、理不尽なことを時々されるが、おいしい思いができることが多い。
だからこそ、Kに媚を売り、気に入ってもらうと必死になる。
金がなければ、みんなKのことなんて見向きもしなくなるだろう。
もちろん俺だってそうだった。
Kみたいな我がままで面倒くさいやつと、好き好んで一緒に居たいと思うわけがない。
全てはKが持っている「もの」が目当てなのだ。
だが、高校生にもなるとKの方も、そのことに気付いたのか、あからさまな取り巻きは切っていっている。
その当時、Kの周りにいるやつは俺を含めて3人ほどになっていた。
俺は小さい頃から結構、空気が読めるのと演技するのが得意だったこともあり、Kからは親友だと思われている。
そして、その分、見返りも大きい。
なんとKの「コレクション」を見せてもらえるほどになった。
そのコレクションというのは、いわゆる裏ビデオというやつだ。
学生の頃はビデオのレンタルショップで普通のアダルトビデオさえ借りられない時期だ。
そんなときに、裏ビデオなんて、かなりの衝撃だ。
そんな俺に、Kはコレクションの棚から好きなのを借りて行っていいなんて言ってくれたのだ。
それはもう、その当時の俺は興奮状態で、毎週のようにビデオを借りていた。
ただ、Kはビデオを貸してはくれるが、絶対に譲ってはくれなかった。
必ず、次の週には返すことが条件で貸してくれる。
俺はお気に入りのものを何とか自分の物にしたいと思い、何とかダビングできないかを模索した。
しかし、Kが持っているビデオには全てコピーガードが付いていて、絶対にコピーができなかった。
そういうことに詳しいやつに、なんとかガードを解くことができないかを相談してみたが、無理だった。
その当時の最先端の技術らしく、どうやってもコピーガードは突破できないのだという。
仕方なく、俺はコピーを諦めた。
そんなある日。
適当にビデオを選んでいたら、衝撃的な内容のものが入っていた。
いわゆる若い女性のスナップビデオだ。
犯人はマスクを被っていたが、声が若そうだった。
それは本当に生々しく、そのときは思わず吐いてしまった。
完全にトラウマになってしまい、30年経った今でも、鮮明に頭の中の記憶に残っている。
そして、その日以来、俺はKからビデオを借りることはやめて、Kと距離を置くことになった。
そんな30年ほど前のことを思い出したのは、あることがきっかけだった。
俺の職場に新入社員が入って来たのだが、その中に、そのスナップビデオで映っていた人に似ていた人がいたのだ。
さりげなく、彼女に色々と聞いてみた。
最初は頑なに喋ろうとしなかったが、歓迎会の時にお酒を飲んでいる彼女から何とか情報を聞き出した。
なんと、彼女の叔母が30年前から行方不明なのだそうだ。
しかも、彼女の叔母が住んでいたのは、30年前に俺が住んでいたところと同じ町だった。
つまり、あのビデオは本物で、あのとき、俺が住んでいた町であんなことがあったなんて、とてもじゃないが信じられない。
このことは墓の下まで持って行くことにしよう。
終わり。
■解説
Kが持っていたビデオはどれもコピーカードがついているため、複製ができない。
つまりはスナップビデオの『原本』ということになる。
なぜ、Kはそんなものを持っていたのか。
犯人は犯罪の証拠になるものを他人に渡すとは思えない。
つまり、Kがこのスナップビデオの犯人である可能性が高い。