本編
俺の妻は驚くほど料理が下手だ。
洗濯とか掃除とか、そういう他の家事は完璧なのに、料理だけ壊滅的なのだ。
正直、俺は人には得手不得手があるものだから、料理が下手なことに関してはそれでいいと思っている。
食事は弁当とか、宅配とか、今の時代、色々と便利なものがあるからそれを使えばいい。
でも、妻はそうは思っていないようで、主婦っていうのもあって、頑張って料理をしている。
それ自体は微笑ましいことだが、いつも手が傷だらけになっているのは無視できない。
包丁を使うのも下手みたいで、いつか取り返しのつかない怪我をするんじゃないかと思うと気が気じゃない。
無理することはないと言っても、妻は自分で作ることを止めなかった。
そこで俺は高性能のフードプロフェッサーを買って、妻にプレゼントした。
かなり高かったが、どんなものでも刻むことができると書いてあった通り、骨が付いた肉でさえも、切ることができる。
それ以来、味はともかく、妻は手を怪我することがなくなった。
結婚するときのように、綺麗な手に戻っていて、俺は安心する。
だが、そんなある日のことだった。
妻がビーフシチューを作ってくれた。
味は褒められたものじゃなかったが、必死になって作ってくれたことを考えると美味しく感じる。
ただ、食べていると、ガリっとした違和感のある触感が口の中に走った。
なにかと思って口から出してみると、それは爪だった。
うーん。これでもダメか。
今度はもう少し高いのを買ってあげようかな。
終わり。
■解説
語り部の妻の手は怪我をしていない。
では、いったい、ビーフシチューの中に入っていた爪は誰のものなのだろうか。
もしかすると入っている肉はビーフではないのかもしれない。