本編
久しぶりの連休で、家でゆっくりと過ごしていた女のところに、電話がかかってきた。
それは親からで、ぎっくり腰になってしまったから、家に来て欲しいというものだった。
時間は夜の10時過ぎ。
車で向かって2時間近く。
実家に着くころには深夜の12時くらいになってしまう。
こんな遅い時間に外に出るのは嫌だったが、明日も休みだし、実家には3年以上帰っていかなかったということもあり、重い腰を上げた。
サッと着替えて、車へ向かう。
すると後部座席に、友人から預かっているチャイルドシートと赤ちゃん用品が積んである。
一瞬、家の中に入れようかと考えたが、休み明けには返すのでそのまま車で走り出した。
女の家は町からやや離れたところにあるので、道にも街灯が少なくて暗い。
いつもよりも不気味な感じがした。
女はなんとなく、音楽ではなくラジオを付けた。
音楽よりも人の声が聞きたかったのかもしれない。
だが、女はすぐにラジオを付けたことを後悔した。
ラジオで殺人事件のニュースが流れていたからだ。
女性を狙った連続殺人事件。
被害者は全て後ろからナイフで刺されて殺されているのだという。
そして、なによりも嫌だったのが、事件が起こっているのが住んでいる地域だったからだ。
こんなニュースを聞くと、防犯のためにスタンガンを買っておいたことが正解だったと思える。
友人には大げさだと言われたが、備えをしておくことに越したことはない。
運転しながら、片手でカバンの中にあるスタンガンを確認する。
そして、ラジオから音楽に切り替え、運転に集中する。
だが、こんなときに限って、ガソリンが少なくなっていることに気づく。
途中でガソリンが切れて立ち往生になったら最悪だと考えて、ガソリンスタンドを探す。
すぐに見つけることができたが、そこはセルフで、自分でガソリンを入れなければならない。
なるべく車からは降りたくない。
女は殺人犯が後ろから襲うというのを思い出した。
人気のないセルフのガソリンスタンドは避けよう。
そう思って、他にガソリンスタンドを探す。
郊外ということと遅い時間ということで、他に客がいるガソリンスタンドが見当たらない。
どうしようかと考えていると、珍しく、スタッフがガソリンを入れてくれるスタンドを見つけた。
これで車から降りなくて済む。
女はそのガソリンスタンドに寄った。
すぐに男性スタッフが駆け寄ってくる。
窓を開けて、レギュラー満タンでと告げる。
すると男性スタッフは車のライトが割れていると言い、会員になれば無料で直すと言ってきた。
車を降りたくなかった女は、その提案を断った。
すると男性スタッフは会員になってくれれば、今回のガソリン代も無料にすると言い出す。
それでも女が渋ると、男性スタッフはノルマに達してなくてピンチなんですと何度も頭を下げてきた。
そして、ポイントも3000円分付けるとまで言ってくる。
ライト、今回のガソリン代、3000円分のポイント。
女にとっては実に美味しい条件だった。
カバンの中のスタンガンを確認しつつ、男性スタッフと共に事務所へと向かう。
女が事務所に入った瞬間、男性スタッフは鍵を閉めた。
女は血の気が引いたが、カバンの中のスタンガンのスイッチを入れていつでも取り出せる準備をする。
だが、男性スタッフは安堵のため息をついた。
「危なかったですよ」
「え?」
「……後ろに男の人が潜んでましたよ」
女の頭の中にラジオの事件のことが思い出される。
被害者は後ろから刺されているとのことだ。
おそらく、潜んでいて、後ろから刺していたんだろう。
「とにかく、すぐに警察に連絡してください」
「わ、わかりました」
女は握っていたスタンガンを離し、スマホをカバンから取り出した。
終わり。
■解説
女が乗っていた車の後部座席にはチャイルドシートや荷物が置いてあったはずで、男が忍び込める空間はないはずである。
さらに、一度、後部座席を見ているので、誰かが潜んでいればそのときに気づくはず。
そして、女はガソリンスタンドに寄るまで、一度も車を停めていないので、途中で男が入ってくる可能性はない。
つまり、ガソリンスタンドの男性スタッフが嘘をついていることになる。
また、警察への連絡を女に任せるのも、考えてみるとおかしい。
事務所には電話があるはずなので、スタッフが連絡するのが自然である。